<息も絶えだえの重症患者を描いた政府CMが、「無神経」「軍国主義的」との批判を呼んでいる> 薄暗い病床にコロナ重症患者と見られる若い女性が横たわり、少しでも酸素を取り込もうと、悲痛な声を上げながら必死で呼吸を繰り返す。このような生々しいCMをオーストラリア政府が製作し、物議を醸している。 CMはオーストラリアでの感染拡大を受けて放送されているもので、ステイホームとワクチンの接種を呼びかける内容だ。動画終盤では「誰もがコロナにかかり得ます」と告げ、「ステイホームを。検査を。ワクチンの予約を」と促す。出演者の女性は実際の患者ではなく役者だが、あまりに残酷な描写に嫌悪感を覚える人々が続出した。 恐怖をあおることで行動を促すそのスタイルは、あまりに軍国主義的だとして批判を集めている。豪スカイ・ニュースは、「これまでにないレベルのガスライティング(心理的虐待の一種)だ」と不快感を訴える声を取り上げている。また、「シドニーでは今日、CMの出演者と同年代のコロナ患者の少女が、人工呼吸器をつけて生き残ろうと闘っている」との声が上がるなど、倫理上の問題が指摘されている。 問題のCMはこちらだが、息苦しさを覚える映像になっているため、視聴にはご注意を。 COVID-19 Health Campaign - Don't be complacent:Australian Government Department of Health 若者への責任転嫁だとする怒りも CMが放送されるや否や、政府の責任転嫁だとする怒りが拡散した。ワクチンを確保できない政府の無策を棚に上げ、まるで若者が接種を怠っているかのように問題をすり替えている、との批判がSNS上で渦巻いている。 オーストラリアは特定の職種と高齢者などを対象にした優先接種を行なっているが、供給量が十分でないことから、40歳未満の人々はすぐにワクチンを打つことができない。出演者の少女を見て最も危機感を覚えるであろう若者たちは恐怖心をあおられるだけであり、なんら具体的な行動を取ることができない状態だ。 ===== さらに専門家からは、このような刺激的な動画は逆効果だとする意見も出ている。メルボルンの小児医学研究所で主任研究員を務めるジェシカ・カウフマン博士は、英ガーディアン紙に対し、「私たちの経験上、とくにワクチン接種に関しては、恐怖をあおるキャンペーンや病気についての恐ろしいメッセージなどは、実際にはワクチンの副作用に関する恐怖を掻き立ててしまうことがあります」と述べている。 一方、1987年にエイズの危険性を警告する刺激的なテレビCMを製作したサイモン・レイノルズ氏は、シドニー・モーニング・ヘラルド紙に対し、ありきたりなCMよりも格段に良いと語る。人々に行動を促すという意味で、高い説得力を持つ本動画は優れているとの見解もあるようだ。 民間CMに惜しみない拍手 政府広告が痛烈な批判を受けてから1週間ほど経ったころ、民間の団体が新たなCM動画を公開した。同じくワクチン接種を勧める内容ながら、こちらは接種で日常生活を取り戻そうというポジティブな構成となっており、公開と同時に評判を呼んでいる。南東部ビクトリア州のメルボルン交響楽団がプロデュースし、ほかの複数のパフォーマンス団体が撮影に協力した。 動画は「ビクトリア州の人々よ」「コロナのロックダウンのせいで室内に閉じ込められる日々は辛いことでしょう。我々も同じです」というセリフで幕を開ける。オーケストラ奏者、バレエダンサー、劇団員など、さまざまなアーティストたちが前向きなメッセージをカメラに語り、次の話者へとバトンを渡してゆく形式だ。 動画は興行イベントを比喩的に使いながら、ユーモアとストーリー性を持って展開してゆく。あるカットでは女性がカメラに向かい、「ワクチンを打てない人もいます。だから、そうした人々も安全に過ごせるように、アンサンブルのような皆の協力が必要です」と語りかける。ワクチンを打つことができない若者の神経を逆撫でしてしまった旧CMとは明らかに異なる路線だ。 あるバイオリニストは「人生最大級のステージの前には、誰しも緊張するのがふつうです」と語り、不安ならかかりつけ医に事前の相談を、と勧める。ピアノ奏者は「ネットで読める情報には物語にひどい破綻があるものもあるからね」と、デマの危険性を粗末な映画に例えながら警告する。バックステージに立つ女性は「コロナに最後のカーテンコールを贈りましょう」と述べるなど、演劇の世界とうまく絡めながら視聴者の興味を惹いてゆく巧みな構成だ。 さらに、これとは別にもう1本、ビクトリア州の社会事業団体が製作した動画も話題になっている。ごくふつうに暮らす人々が登場し、結婚式を挙げたくて待ちきれないなど、コロナ収束後のそれぞれの夢を語る。最後に、そのためにもワクチン接種を、と呼びかける内容だ。こちらも力強い曲に乗せた前向きなトーンにまとまっており、好評を博している。 まるで『北風と太陽』の寓話のように、温かなトーンで語りかける動画の方が、かえって人々の心に響いているようだ。 ===== 好評となったCM 2本: Performance of a Lifetime | A message from Victoria's Arts Community Back To The Good Things ●問題のCM 視聴にはご注意を COVID-19 Health Campaign - Don't be complacent:Australian Government Department of Health