<トランプ流と決別し、中国に立ち向かう──新政権が臨む「アメリカの理念をめぐる戦い」とは> ジョー・バイデン大統領は、昨年の米大統領選に挑んだとき、この選挙を「アメリカの理念をめぐる戦い」と呼んだ。当時のドナルド・トランプ大統領が象徴する専制政治と人種差別から、アメリカの民主政治を守らなくてはならないと感じていたのだ。 それに、専制主義的傾向を強める中国に対抗して世界の民主国家とグローバル経済を守り、人類の存続を脅かす地球温暖化に歯止めをかけることを避けて通れないとも思っていた。これらも「アメリカの理念」が問われる問題だと、バイデンは考えていた。 今年1月に大統領に就任して半年近く。これらの課題を達成するためにバイデンに残された期間は、あと1年半程度しかないのかもしれない。 来年11月の中間選挙では、バイデンの与党・民主党が議会の少数派に転落する可能性が濃厚だ。しかも、野党・共和党は政府の政策に片端から反対するつもりらしい。 それでも、バイデンが掲げている政策は非常に意欲的なものと言っていい。その政策は、主として以下の5つの領域に分けられる。 ■新型コロナ対策 バイデン政権にまず求められているのは、新型コロナ対策だ。そのために、3月には総額1兆9000億ドルの「米国救済計画法」を成立させた。高額所得者を除くほとんどの国民への最大1400ドルの追加現金給付、失業保険の上乗せ給付期間の延長、学校再開の支援などが盛り込まれている。 一方、少なくとも1回以上ワクチンを接種した18歳以上の人は国民の60%を突破し、1月に1日25万人を超えていた新規感染者数は1万5000人を下回るようになった。アメリカの経済も軌道に乗り、今年の経済成長率は6.9%に達すると予想されている。 一連の新型コロナ対策は、アメリカ史上有数の規模の景気刺激策・所得再分配政策と言っていい。これは、中流層の生活を支援するというバイデンの経済政策全般の重要方針とも合致している。 ■インフラ整備 アメリカではこれまで長年、インフラ整備への支出が減少していた。しかし、バイデンは2兆ドル規模のインフラ整備計画を提案している。その目的は、再生可能エネルギー(風力発電や太陽光発電など)に基盤を置く経済への転換を推進し、電気自動車を普及させることだ。インフラの近代化を地球温暖化対策の1つの柱と位置付けているのである。 バイデンは先頃、2兆ドルのうち1兆ドル分の計画に関して超党派の上院議員と合意したと発表した。その内訳は、運輸関連が3120億ドル、水道関連が550億ドル、高速通信関連が650億ドルなどだ。 ===== まだ法案が可決されると決まったわけではないし、細部の交渉がさらに半年以上長引く可能性もある。だがこの法案が成立すれば、コロナ対策の米国救済計画と合わせて総額2兆9000億ドルの巨大事業になる。これは第2次大戦後最大の景気刺激策だ。 ■地球温暖化対策 バイデンは地球温暖化を人類の存亡に関わる脅威と認識していて、政府の全ての行動と提案を温室効果ガス排出削減と結び付けるよう指示している。 地球温暖化対策と雇用創出は両立するというのが、バイデン政権の立場だ。インフラ整備計画は、それを実現するための最初の一歩にすぎない。 米政府は、2030年までにアメリカの温室効果ガス排出量を05年の水準より50~52%減らす計画を発表。35年までに、電力部門の脱炭素化を実現する目標も掲げている。洋上風力発電設備を大幅に拡大する計画も打ち出した。 ■平等な社会の実現 今日のアメリカ社会が直面しているとりわけ深刻な問題の1つが経済的な不平等と人種による社会の分断だと、バイデンは考えている。 そこで、この2つの問題を是正するための動きも見せている。まず、経済的な不平等に関しては、大学の学費問題に関する提案が目立つ。 アメリカの大学生と大学卒業生はしばしば、高額の授業料を支払うために多額の借金を抱えている。それに、そもそも大学に進学できるほど経済的余裕のない人も多い。この問題を緩和するために、バイデンは、1人当たり最大1万ドルの学費ローン債務の免除や、コミュニティー・カレッジ(公立の2年制大学)の学費無償化などの対策を打ち出している。 人種問題に関しては、バイデンは何十年も前から、人種間の正義の重要性を訴えてきた政治家だ。それに、昨年の大統領選で勝利する上では、黒人有権者の支持が大きな後押しになった。 そうした背景もあって、バイデンは人種差別解消のために、賃金、住宅ローン審査、高等教育を受ける機会の格差是正などを約束している。 ■対中政策と同盟関係 バイデンは、中国の台頭を国際システムへの深刻な脅威と考えている。そこでその脅威に対処するために、同盟国との関係を立て直し、国連やWTO(世界貿易機関)のような国際組織を強化しようと努めている。アジアの国々、とりわけ日本との関係強化もさらに推し進めるはずだ。 ===== バイデン政権は既に、ほかのG7(主要7カ国)諸国に、テクノロジーや知的財産権盗用に関して中国に厳しい姿勢で臨むよう働き掛けている。今後は、重要技術分野で中国の経済的・地政学的野心に対抗するために、アメリカの基礎研究や先端研究への資金拠出を行う「エンドレス・フロンティア法案」の採択を議会に強く求めていくだろう。 バイデン政権は、ロシアに対しても対中政策と同様の姿勢で臨むと予想できる。 以上に挙げたような政策は、いずれも米国民の大多数から支持されている。 しかし、野党の共和党は、国民の多数ではなく、2つの社会階層の利害を代弁する政党になっている。今日の共和党が代表しているのは、多様性が高まる社会に不満を抱く白人層と、政府による規制があまり行われない小さな政府を好む富裕層だ。 しかも、共和党に今も絶大な影響力を持つ前大統領のトランプは、バイデンと民主党に対して激しい復讐心を抱いている。 共和党は現政権が打ち出す政策にことごとく反対し、その多くをつぶしていくだろう。結局、共和党との不毛な交渉に業を煮やしたバイデンは、議会の賛同を必要としない大統領令によって、一部の政策を実現しようとする可能性が高い。 これが、バイデンが挑む「アメリカの理念をめぐる戦い」の実像だ。