<患者の年齢やライフスタイルを考慮せず、「標準化」が進む癌治療の流れに歯止めをかけるには──食道癌患者として入院した東大病院から「逃亡」、転院先で手術を回避し、生き延びたジャーナリストが元主治医たちへの取材を基に硬直化した現代医療の構造を解き明かす> 元日経ビジネス記者でジャーナリスト歴30年の金田信一郎は昨年3月、突然ステージ3の食道癌に襲われた。紹介された東京大学医学部附属病院(東大病院)に入院し、癌手術の第一人者で病院長が主治医になったが、曖昧な治療方針に違和感を拭えず、セカンドオピニオンを求めて転院。しかし転院先でも土壇場で手術をせず放射線による治療を選択し、今では以前とほぼ同じ日常を取り戻した。 金田は先頃、自らの体験を題材にしたノンフィクション『ドキュメント がん治療選択 ~崖っぷちから自分に合う医療を探し当てたジャーナリストの闘病記』(ダイヤモンド社)を上梓した。7月20日発売のニューズウィーク日本版(7月27日号)「ドキュメント 癌からの生還」特集では、200日の闘病記を16ページのルポルタージュにして収録。金田の闘いは、思考停止に陥った日本の医療体制、そして患者にも強烈な問いを投げ掛けている。「それが本当に最適な治療なのですか」と。 どうすれば、この流れに歯止めをかけられるのか。以下に続く記事で金田は、その糸口を探るべく、元主治医たちのもとを訪ねる。 ◇ ◇ ◇ 東大病院の建物に1年ぶりに入ったのは、2021年5月20日のことだった。 その日は、朝から雨が降っていた。夕方のロビーに人影は少ない。椅子に座って、昨年5月まで主治医だった病院長、瀬戸泰之との再会を待つ。 放射線治療を終えて体調は回復し、取材活動を再開した。そして、自分が治療中に突き当たった「謎」を解き明かしたいと思っていた。 「なぜ、最初に放射線治療という選択肢が示されなかったのか」。そこに、医療問題の構図を解く糸口が見えるはずだという確信があった。 ◇ ◇ ◇ 予定時間ぴったりに広報担当者が現れ、案内されて研究棟にある瀬戸の部屋に着いた。少し廊下で待つと、ドアが開く。黒縁眼鏡に柔和な表情は、入院当時のままだった。 「先生、お久しぶりです」 そう挨拶すると、ソファに掛けるように勧められた。 患者と主治医。1年前の関係と違って、この日はジャーナリストとして病院長の瀬戸にインタビューする。まずは医師としての経歴や、彼が第一人者となったロボット手術について聞いた(インタビュー全文はこちら)。そして、転院に至った経緯の質問に入る。 「私の(食道癌)治療ですが、思い返すと、最初から放射線でやるという選択肢はなかったんですか」 単刀直入に質問すると、瀬戸はこちらを正面から見据え、こう答えた。「その可能性もあります。患者さんが希望すれば、そういった選択肢もあるでしょう」 希望すれば......。その前提条件に違和感を覚えた。果たして、癌を告知された瞬間に、医師の勧めと違う治療法を口にすることができるのだろうか。 ===== 「そうすると、患者が最初の段階で『放射線治療をやりたい』と言わないといけない、ということですか?」 「そうおっしゃる患者さんもいらっしゃいます。ただわれわれは、『この段階ではまず抗癌剤を受けていただいて、手術することをお勧めします』と説明しています」 1時間の取材の中で、瀬戸は何度となく外科手術の優れた点を強調した。患部を取り除くことができるのは手術だけだ、と。 「例えば88歳の高齢のおじいちゃんが来るとします。そんなときでも、私たちは年齢などはいったん無視して、癌だけを見たときのわれわれの治療方針をお話ししています」 外科手術に絶対の自信を持っている。放射線治療の可能性があるにもかかわらず、高齢者にも6~8時間に及ぶ食道全摘の手術を勧める。なぜなら、年齢やライフスタイルなどは考慮しないからだ。患者が逆提案しない限り、放射線治療という選択肢が示されることなく、手術へと進んでいく。 「病院側から、患者に治療法の選択肢の説明があってもいいと思ったんですが」。そう投げ掛けても、瀬戸は顔色ひとつ変えない。 「金田さんの主張も理解できますし、理想的には患者さん一人一人がしっかりと説明を受けて、自分で治療法を選べるほうがいいと思います。しかし、それを支えるような制度が現在の日本にはないのです」 現在の医療保険制度では、医師が時間を割いて相談や説明をしても、その時間には保険点数がつかない。つまり、コストと労力ばかりが積み重なって病院経営が圧迫される。 それは、医療現場の痛切な訴えではある。しかし、患者に選択肢が示されないことは結果として、他の先進国と比べて特異な状況を生み出すことになる。 日本特有の手術至上主義 こんな調査結果がある。 本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集37ページより 本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集36ページより 先進各国で、肺癌ステージ1期の患者が、どのような治療を受けたか比較したデータだ。数字を見渡すと、欧米では「手術から放射線治療(SBRT)へ」という流れが見て取れる。 アメリカでは手術比率が71.9%(2005年)から60.3%(2012年)に減少し、逆に放射線治療が13.5%から25.8%に上昇している。欧州の調査(2015〜16年)では、オランダで手術が47%に対して、放射線治療が41%と拮抗していることが分かる。 一方、日本の医療は全く様相が異なる。日本の肺癌1期の手術数は3万件(2014年)に上るが、同期間に放射線治療を受けた患者は1600人と全体の5%程度にとどまった。 「その後も、この比率は大きく変化していない」 この比較表を作成した大船中央病院放射線治療センター長(放射線医師)の武田篤也は、危機感を覚えている。日本の放射線治療が、欧米諸国に比べて劣っているわけではない。「もっと放射線治療のメリットを広めていかないと、『癌は切除するもの』が常識となって、本来、放射線を受けたかった人が手術に回されていく」 なぜ、日本だけが手術に偏った治療を続けているのか。外科の力が強く、「癌は切除したほうがいい」という考え方が根強いという理由だけではない。その背景には、医療を硬直化させている構図がある。 その原点をたどっていくと、ある転換点が浮かび上がってくる。 ===== 金田は手術以外の治療方法を選んだ(写真は日本に導入された米バリアン社の最新放射線治療システム「Halcyon」) IMAGE COURTESY OF VARIAN MEDICAL SYSTEMS, INC. ALL RIGHTS RESERVED. かつて日本の医療現場は、医師の裁量と自由度が高い「聖域」とされていた。診療所や開業医を中心に医療が展開され、彼らを中核に据えた日本医師会が強い政治的発言力を持つ時代が続いた。 だが、1990年を境にして様相が一変する。それまでの経済成長期には医療費の上昇をGDPの成長が覆い隠していたが、バブル崩壊で経済が停滞するなかで、医療費だけが膨らみ続けた。1990年に国民医療費のGDP比は4.6%だったが、2000年には約6%、2011年には8%近くまで上昇する。 2000年以降の急上昇の局面で医療の効率化が求められ、医師の裁量に大きく委ねられていた状態が問題視されるようになった。この時期、開業医比率が大きく減少し、抵抗力を失っていくなか、データによって成果が高いとされる治療に絞り込む、「標準化」の波が襲ってくる。 既に欧米では、1990年代初頭から「エビデンス革命」が吹き荒れていた。91年、カナダの医師ゴードン・ガイヤットが「エビデンスに基づく医療(EBM)」を提唱。続いて第一人者のカナダの医師デービッド・サケットが論文(「エビデンスに基づく医療 それは何であり、何でないのか」)を発表し、世界に広まっていく。 経験知による医療の死角を克服するためにも、臨床試験等による結果(エビデンス)を重視して治療法を決める──。その方法論は、医療費の肥大化に悩む日本にも到来する。 2000年代、日本ではエビデンスを基にした「標準治療」を確立する動きが加速する。06年には「がん医療の均てん化(全国どこでも癌の標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術等の格差の是正を図ること)」を謳ったがん対策基本法が成立。実績が高い治療法を示した「診療ガイドライン」がネット上で公開され、全国の医療現場に広まっていった。 そこに日本独特の、全国で一本化された診療報酬制度が「総額の上限」として機能し、医療費の抑制に成功する。2011年以降も、国民医療費はGDP比8%以下の水準で推移している。 その決定システムには、政官業の微妙な力学が働いている。まず、官(財務省)が医療費の引き下げを要請するが、一方で業(医療界)が引き上げの必要性を訴える。すると、官(厚生労働省)が調整し、政(内閣)が妥結策を最終決定する。この政官業のトライアングルがバランスを取り、医療費を一定の比率に保つ。 だが、この決定過程には、医療の中心にいるはずの患者の視点が欠落している。そして、一見すると均衡しているかに見える医療は、「患者不在」のまま、その中身が大きな変化を遂げることになる。 「マクドナルド化」する医療 エビデンスという、臨床での数値結果に裏打ちされた「標準治療」に従う──。 「かつて、治療を自由に考えてきた医師が、『マニュアルどおりの治療さえしておけばいい』と考えるようになってしまった。目の前の患者ごとに治療や薬への反応が違うのに」 がん研究会・がんプレシジョン医療研究センター所長(外科医)の中村祐輔は、危機感を募らせている。そして、こう表現する。 「医療のファストフード化」 20世紀の大量消費社会を象徴する産業の仕組みに酷似しているという。客(患者)の意向や要望には応じず、画一的な調理(治療)を効率的に進めていく。 中村はこの流れが限界に近づいていると感じている。「標準治療が見つかる場合は対応できるが、マニュアルにない病状の患者を見た途端に、医師はお手上げになってしまう」 ===== 当然の帰結として、医師と患者との間に、深い溝ができていく。 浜松オンコロジーセンター院長で内科全般や癌治療に当たる渡辺亨は、地域住民の治療や医療相談を受ける傍ら、医療情報サイトを開設して多くの癌患者や家族と交流してきた。そして、こう警鐘を鳴らす。 「患者の間に、医者に対する不満が渦巻いている。その原因は、医師のコミュニケーション能力の低下にある。患者がどんな医療を求めているのか、一緒に話し合って決めることができない」 患者が動けば未来は変わる マニュアル化された医療を続けた弊害──。それは近い将来、大きな修正を迫られるかもしれない。海の向こうでは既に変化が起きている。 1990年代のエビデンス革命が欧米を覆ったあと、2000年代に揺り戻しのごとく「ナラティブ(物語)に基づいた医療(NBM)」が英国を起点に広がっていった。NBMとは、患者が語る「病の物語」という主観的体験に基づいた治療を指す。医師が患者と対話し個別対応する必要性を訴え、臓器ごとの最適医療だけでは患者の病理は改善しないケースがあると指摘した。 変化を決定付ける論文も発表される。2016年、「エビデンス医療の成果と限界」と題された論文が英インペリアル・カレッジ・ロンドンから発表された。その趣旨はこうだ。 世界の主要な疾患では先端医療が進んだが、患者の少ない難病には焦点が当てられにくくなっている。それは、大規模な臨床試験でエビデンスを測るには患者がそろわず、コストや時間がかかり過ぎるからだ。「数値基準」や「過去のルール」に縛られていれば、医療の進歩が止まってしまう──。 そして方向転換の議論が沸き上がる。エビデンス医療は当初から、内包するリスクが指摘された。提唱者のサケット自身が、エビデンス医療が「クックブック・メディスン(料理本医療)」として国家や医療保険の経費節減策になることを危惧していた。 日本の医療は、この罠に落ちているのかもしれない。財政緊縮という政府目標のために、標準治療を示す診療ガイドラインが料理のマニュアル本のごとく推奨される。その縮図として、日本人の死亡原因1位の癌の治療現場では、患者の物語を見ない画一的な治療が続いている。 「世界で新しい治療法や薬が開発されているのに、日本の癌治療の現場は昔のまま。その矛盾が破綻寸前のところまで来ている。大きな変革を起こさなければならない」 中村は癌治療を劇的に進化させる現実的なシナリオが必要だという。 ===== 癌は遺伝子異常によって発生するので、全患者にゲノム解析検査を実施すれば原因が突き止められる。そこに分子標的薬などのオーダーメイド治療を施せば、効果が格段に上昇する、と。 なぜ、この施策が打てないのか。国や行政は、1回数十万円かかるゲノム解析の検査による財政圧迫を危惧する。だが、中村はこう計算する。検査が現状の1回30万円だとして、年100万人の新規癌患者全員に実施すると、3000億円が必要となる。だが、回数の増加で規模の経済が働き、検査費用は劇的に下がるはずだ。患者の治癒によって国民医療費に削減効果も出ると予測する。 患者中心に考えれば、こうした医療政策こそが求められる。 ニュースに流れる最先端治療が全国の医療現場に行き届くまでには長い年月を要する。だが、患者は一刻も早く技術革新の恩恵を受けたい。 時間がないのだ。毎年100万人が癌に罹患し、40万人が命を落とす。それでも、過去データによる効率的作業が載ったクックブックを見ながら、患者をファストフードのごとく治療し続けるのだろうか......。 この流れに歯止めをかけるのは、ほかでもない、癌患者本人なのかもしれない。国民の2人に1人が罹患する時代、家族や知人も含めれば、全国民が「患者」の立場に立たされることになる。国家全体が「患者」としての思考と行動を迫られる瞬間が、近づいている。