<戦後の人員不足だった1950年には、全国の公立小学校の教員の4分の1が臨時教員だった> 人手不足が言われて久しいが、教員の世界にまでそれが及んでいる。特定教科の担当や産休代替に普通免許状を持つ教諭を採用できないため、助教諭を雇ってしのいでいる自治体が多い。 助教諭とは、普通免許状を持つ教諭を採用できない場合に限り置ける職で、要件は臨時免許状を有していることだ。臨時免許状は、大学で教職課程を終えていなくても、教育職員検定試験に合格することで得られる(任命権者の都道府県内で3年間有効)。ピアノの個人教師に臨時免許状を付与して音楽を教えさせるなど、事例はいろいろある。 ちなみに戦後すぐの頃は、助教諭への依存率は今よりずっと高かった。敗戦後の教育の民主改革により、新たな学校が雨後の筍のごとく次から次にできたが、校舎や教室だけでなく教員も不足していた。その様子は数字にはっきり出ていて、1950(昭和25)年の公立小学校の本務教員は30万3130人だったが、うち7万7548人が助教諭と記録されている(文部省『学校基本調査』)。率にすると25.6%で、全教員の4人に1人が助教諭だったことになる。 中学と高校はどうだったか、現在はどうか。小・中・高の助教諭比率を、1950年と2020年で比べた表を作成してみた<表1>。 1950年の助教諭比率は小学校が25.6%、中学校が11.2%、高校が2.9%となっている。今とは比べ物にならない高さだ。これは全国の数値だが、地域別に見るともっと高い値が出てくる。1950年の公立小学校本務教員の助教諭比率を都道府県別に出して、高い順に並べると<表2(次ページ)>のようになる。 ===== 最高は埼玉の50.4%で、小学校教員の半分が助教諭だったことになる。隣接の東京の9.8%とは大違いだ。 群馬と茨城が40%台で、岩手や北海道など30%台の県は12ある。これらの県では、勉強ができる人を捕まえては臨時免許状を付与して教壇に立たせていたのだろう。その中には、20歳に満たない少年もいた。当時の小学校教員の年齢ピラミッドを見ると、10代が全体の1割を占めている。 にわかに信じがたいが、事実としてこういう時代もあった。現在、地域に開かれた学校運営が目指されているが、昔のほうが開放性は高かったと言えるかもしれない。教員不足という外的な要因とはいえ、地域人材が教壇に立っていたのだから。 教員不足は今も同じで、これを逆手にとって、地域人材をどんどん学校に呼び込んでもいいのではないか。教員免許がなくても、学があったり一芸に秀でたりしている人には、特別免許状や臨時免許状を付与して教壇に立たせることができる。教員の多忙化の解消にもなるだろう。 歴史を振り返れば、全教員の4人に1人、地域によっては半分が急ごしらえの助教諭という時代もあった。まんざら突飛な提案でないことは歴史が証明している。 <資料:文科省『学校基本調査』> =====