<2014年の映画『メアリー・コム』の撮影監督として一躍有名になり、さまざまな作品を撮り続ける中原圭子。ボリウッドで働くとはどういうものなのか、インタビューした> ※8月10日/17日号(8月3日発売)は「世界が尊敬する日本人100」特集。CHAI、猪子寿之、吾峠呼世晴、東信、岩崎明子、ヒカル・ナカムラ、菊野昌宏、阿古智子、小澤マリア......。免疫学者からユーチューバーまで、コロナ禍に負けず輝きを放つ日本の天才・異才・奇才100人を取り上げています。 「映画監督は自分のスタイルを持っていないといけない。一方、カメラマンの私は自分の色を出すより、監督がどんな絵や色がほしいのか察して表現するのが仕事」と話すのは、インド映画界の中心地であるムンバイ(ボリウッド)で撮影監督として活躍する中原圭子。監督の意図を気遣い、それに合わせて撮影法や機材を変える細やかさが彼女の強みだろう。 子供の頃からアメリカでの映画作りを夢見ていた中原は、高校卒業後に単身渡米。サンディエゴ州立大学で映画製作を学び、2005年からロサンゼルスでカメラマンの仕事を始める。 やがて友人の紹介でインドで撮影する機会を得、米印を行き来するように。 転機となったのが、2014年のインド映画『メアリー・コム』。人気女優プリヤンカー・チョープラーがボクサーのメアリー・コム(東京五輪にも出場している)を演じたヒット作だ。ボリウッドには珍しく自然光を生かして、手持ちカメラを使った繊細かつリアルな映像が高く評価され、中原は一躍有名になった。 今ではさまざまな制作者から声のかかる中原に、インドでの映画作りなどについて話を聞いた。 ――ボリウッドに入るきっかけは? 2005年に大学の映画科を卒業してロサンゼルスに引っ越しました。そこでアシスタントの仕事をしたり、インディーズ映画を撮ったりしているなかで、友達になったのがフランスから来たカメラマン。彼女は写真を撮りにインドによく行っていて、そこで出会った映画プロデューサーがインディーズ映画を作ると聞き、「いいカメラマンがいる」と私の名前を伝えてくれたんです。 そのプロデューサーから話を聞いた監督が私のウェブサイトでデモリール(過去の作品を編集してまとめたもの)を見て気に入ってくれて、撮影依頼の連絡をくれました。 インドには行ったこともないし、その人たちのことも知らないので、最初は断ろうと思ったのですが、でも一生で一度の経験になるかもしれないと考え直し、行く決断をしました。 撮影後、ロサンゼルスに戻ってきたところ、インドで友人になった別のプロデューサーからまた連絡が来て......それでインドとアメリカを行ったり来たりするように。 『メアリー・コム』予告編(英語字幕付き) Eros Now Music-YouTube 結局、プリヤンカー・チョープラー主演の『メアリー・コム』を撮影した2014年にインドに住み始めました。 これは実在の女性ボクサーの話で、大ヒットした。私の撮影スタイルがインドのカメラマンとは違っていたこともあり、いろいろな方から「すごく良く撮れていた」と言われて、私もちょっと有名になりました(笑)。 ===== ――普通と違うスタイルというのは、いわゆる手持ちカメラで撮るところですか? そうですね。アメリカに住んでいる頃から手持ちが好きだったので、ボクシングの映画ならやはり手持ちカメラで迫力ある感じで撮りたいと思って。 95%ぐらい手持ちで撮影したが、「圭子はなぜ、そんなに重たいカメラをわざわざ持って撮影するんだ。三脚に載せてやればいいのに......」という感じで、周りのクルーやキャストはみんな驚いていました。 今はデジタルカメラを使っていて、それはフィルムカメラほど重くはない。デジタルだとケーブルなどがいろいろと付いていて、かなり大きさはあるのですが。 でも、例えば歌って踊るようなインド映画だったら、手持ちカメラはちょっと合わない。映画のスタイルやストーリーによって、撮影方法は変えています。 ――アメリカや日本に戻ることは考えていないでしょうか。 日本やアメリカでも撮りたいと思っているし、今はドバイの制作会社から声がかかっています。 実は来年春から、日本で撮影する予定があるんです。私がロサンゼルスに住んでいたとき一緒に短編映画を撮った日本人監督の作品ですが、日本で撮影するのは初めてなのでちょっとドキドキしています。 コロナ禍が収まったら、もっといろいろな国で撮影していきたい。 ――日本人で女性の撮影監督というのはボリウッドでも目立つ存在だと思いますが......。 ありがたいことに、日本人で女性であることのインパクトは強いと思います。 ただムンバイではたくさんの女性が働いていて、男性と女性が対等な感じ。インドについて何も知らずに来たから、当初はそのことにびっくりしましたが、女性だからどうこうということはなく、働きやすいです。 現在、ネットフリックス・インディアの作品を準備中ですが、クルーも半分くらいは女性かな。 ――仕事をする上で、自分は日本人だから......と感じることはあまりない? いっぱいあります(笑)。例えば、日本人は時間にきっちりしていて、会議があれば開始の5分か10分前に行って、待っていたりする。私もインドに住み始めた頃は、ミーティング開始時間の少し前に行くと誰もいない......ということがよくありました。 でもここに長く住むようになり、自分も遅れて行ったりして、インド化している(笑)。たまに友人に、あなたの日本人らしさはどこへいったの? と突っ込まれます。 ステレオタイプになってしまうが、インドにはとても明るくて、ポジティブで、その日その日を楽しむという人が多い。私がくよくよしていると、アシスタントから「そんなこと気にしないで!」とよく言われます。 それから、日本人は「相手がどう思っているか」「相手はどうしてほしいのか」を気にするじゃないですか。そういうところがたぶん私にもある。 インドの人はみんなおしゃべりが好きで、会議のときもよく話をします。でも私はみんなの話を聞く。 いちばん大切なのは監督が何を言っているのかを聞いて、察すること。監督は自分の色やスタイルを持っていないといけないが、カメラマンの私は、監督がどんな絵や色がほしいのかを察して表現するのが仕事。それによって撮影方法や機材やカメラのムーブメントを変えたりします。 ===== ――大変なことといえば? トイレです。インドでは、特にインディーズ作品だと予算がなくて......。普通は撮影現場にトイレの備わったトレーラーがありますが、予算がないとそういうものもなくなるので。 そんな撮影のときには朝もちょっと口を濡らす程度にして、1日中水を飲まず、ホテルに帰ってからがぶ飲みします。暑い時には死にそうになりますけど。 私はムンバイに住んで、ヒンディー語のヒンディー映画を撮っていますが、ヒンディー語がそんなにできなくても不自由はありません。インドでは学校教育を受けた人たちの間では英語も共通語。監督やプロデューサー、美術監督、照明技師もみんな撮影中は英語を話します。脚本も英語に訳してもらっています。 ――人間関係などはどうですか? 私は日本人で女性、しかも話し方がおっとりしているので、普通にしているとカメラマンに見えない。制作会社に行くと、「オーディションに来たのか」と言われたりします。 だから撮影初日の現場などではたまに、私を知らないスタッフからの「あの人がカメラマン?」「頼りない」という視線を感じることがあります。インドのカメラマンはひげが生えていて、白髪で、みんなに怒鳴り散らすような、私とはまったく違うタイプの人が多いので。 そういうときは何かパフォーマンスをしないといけないと思い、大きな手持ちカメラで動き回ってアピールしたりします(笑)。 3年ほど前、スターが8人くらい出演する大作を撮影したときにも、監督は私を信頼してくれていましたが、周囲の人から「なんでこの人?」と思われている感じを受けたんです。 だからアクション場面の撮影で、私もワイヤーで吊ってもらい、俳優が落下するところを手持ちカメラで撮影しました(記事冒頭の写真)。 そんなことはそれまで一度もしたことはなかったのですが、「この、いやーな雰囲気をどうにかしたい」と思って(笑)。女だってカメラマンできるんだよ、アクションだって撮れるんだよ、と証明したかったんです。 そのショットが一発で綺麗に撮れたときには、拍手喝采をもらいました。それでみんな納得してくれた。ときには体を張って証明しないと、という場面もありますね。 Keiko Nakahara 中原圭子 ●撮影監督 ※この記事は2021年8月10日/17日号「世界が尊敬する日本人100」特集掲載の記事の拡大版。詳しくは本誌をご覧ください。 ===== 『メアリー・コム』予告編(英語字幕付き) Eros Now Music-YouTube