<ウォルマート創業家がアーカンソー州の田舎に造った美術館は、社会正義をワイルドに目指す> クリスタルブリッジズ・アメリカンアート美術館は、2011年11月11日の開館当初から大きな話題を呼んできた。アメリカにこれほどの規模の美術館が誕生するのは数十年ぶりだったし、設立したのは世界最大の小売業ウォルマートの創業家当主アリス・ウォルトンだ。 いかにもお金をかけた独創的な建築は、超有名建築家のマシェ・サフディが手掛けた。 コレクションにもお金がかかっている。例えばウォルトンは3500万ドルを投じて、アメリカの風景画家アシャー・デュランドが1849年に描いた油絵を購入した(それほどの価値があるかについては議論がある)。 アーカンソー州ベントンビルという立地も話題になった。ウォルマート創業地の近くだからという理由は分かる。 だがアートの世界でアーカンソー州北西部といえば、文字どおりの空白地帯だ。そこにどれだけゴージャスな美術館を建て、どれだけ素晴らしい作品を金に糸目を付けず集めても、宝の持ち腐れに終わるのではないか──。 しかし、心配は無用だったようだ。開館10周年を迎えた今、クリスタルブリッジズ美術館は世界が認めるアートの殿堂となり、多くの来館者を集めている。 「アメリカ中部にも文化に対する高い関心があることは分かっていた。でも開館直後から、多くの人たちに受け入れられたことには驚いたし、励みになった」と、ウォルトンは語る。1年目の来館者数は予想の2倍を超える65万人、現在までにアメリカの全ての州と世界中から計530万人が訪れたという。 その大きな魅力の1つは、意識的に多様なアーティストの作品を収集してきた姿勢にもある。大昔の白人男性画家だけでなく、エイミー・シェラルドやラシド・ジョンソン、ナリ・ウォードなど、女性やマイノリティーの現役アーティストの作品が数多く集められているのだ(現代アートのセクションは、非白人作家の作品がほぼ半分を占める)。 クリスタルブリッジズ美術館は、「金持ちの道楽と思われていたが、権威ある美術館としての地位を確立した」と、ワシントン・ポスト紙の美術評論家フィリップ・ケニコットは18年に書いている。 社会正義を求める声明 コレクションだけではない。この美術館は、人種差別など社会的不公正に対して目を覚ますこと(最近アメリカで「ウォーク(woke)」と呼ばれるトレンドだ)を強く支持し、自ら実践している。 美術館のウェブサイトを見ると、開館時間などの基本情報やオンラインショップに交ざって、社会正義を訴えるページがいくつもある。 例えば、昨年の米大統領選の結果を覆そうとする暴徒が、ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃した事件については、「暴徒たちが身に着けていた人種差別的なアイテムや、議事堂内に飾られている差別的な歴史を象徴する美術品は、私たちのやるべきことが山積みであることを思い起こさせてくれた」とある。 BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動を支持する声明には、「ミネアポリスやアトランタで明るみに出た偏見や特権が、アーカンソー州北西部に存在しないと考えるのは甘い」と書かれている。 ===== 性的少数者をサポートする主張も行っている。 アーカンソー州で4月、性同一性障害の子供が思春期を迎えたときにホルモン剤など第2次性徴を抑える薬を処方することを禁止する州法が成立したことには賛意を示し、「私たちは、全ての性的少数者がコミュニティーの一員として大切にされ、尊重されるよう支援する」との声明を発表した。 クリスタルブリッジズ美術館のエグゼクティブディレクターを務めるロッド・ビゲローは、もっと早くこうした声明を出すべきだったと語る。それでも、美術館が地元の問題について明確な姿勢を示すいい前例になったという。 右傾化を強める共和党の地盤で、美術館と社会正義を求める活動はどのようにして結び付いたのだろうか。 「この美術館は、全ての人を歓迎するという使命のもとに設立された。開館した日からその使命に導かれている」と、ウォルトンは言う。 創立者のウォルトン COURTESY OF CRYSTAL BRIDGES 筆者は1980年代にウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者として、初期のウォルマートを取材した。アメリカの田舎の絵に描いたようなダウンタウンを破壊したと、非難され始める前のことだ。 その後、ベントンビルは大きく変わった。アーカンソー州北西部を訪れた最初の数回は、モーテルに泊まったこともあった。枕元のテーブルには聖書と、竜巻に関する注意書きが置かれていた。 今年の5月は現代的なホテルに泊まった。洗練されたダウンタウンには流行のレストランやショップが並ぶ。ただし、変わっていないものもある。 民主党を支持するなら注意が必要な土地 あなたが少しでも民主党に共感を覚えるなら、ベントンビルでは慎重に行動したほうがよさそうだ。南部の多くの地域では、大学フットボールより深刻な話題を口にするときには深呼吸しよう。アーカンソーは昨年の大統領選で、ドナルド・トランプがジョー・バイデンに30ポイント近い差をつけた州だ。 英ガーディアン紙によると、ベントンビルのある中学校は卒業アルバムに掲載した写真の説明で、BLMのデモ参加者を「暴徒」と呼び、「トランプ大統領は弾劾されなかった」と書かれている。 来年の州知事選には、トランプの大統領報道官を務めたサラ・サンダースが出馬を表明している。そして州旗には、アーカンソーが南北戦争で北部に敗れた南部の「アメリカ連合国」の一員だったことを示すデザインがされている。 そうした土地柄にもかかわらず、リベラリズムやウォークの意識が進化したのはなぜなのか。 その原動力の1つは、全ての来館者にとって安全な場所にするというウォルトンの設立当初の思いだと、クリスタルブリッジズ美術館の人々は語る。黒人、白人、ゲイ、ストレート、アジア人、ヒスパニック......全ての人に。 しかし開館から4年後、アートの世界全体に警鐘が鳴らされた。15年にアンドルー・メロン財団と米美術館長協会が、アメリカの美術館のスタッフは非ヒスパニック系の白人が70%以上を占めるという調査結果を発表したのだ。美術館は圧倒的に白人の世界だった。 ===== 美術館の外観 COURTESY OF CRYSTAL BRIDGES そのときクリスタルブリッジズ美術館の経営陣が、自分たちが思っているほど「誰にでも開かれている」わけではないと悟ったかどうかは分からない。それでも彼らの心に響いたことは間違いない。 クリスタルブリッジズのスタッフに聞いた16年の調査で、自分は「ダイバーシティ(多様性)」を示すグループに属していると答えた人はわずか11%だった(最新の数字は28%)。「データを見て、私たちの進むべき道が明確になった」と、ウォルトンは言う。「本気で自分たちの使命を全うするつもりなら、改良するべき点があると気が付いた」 多様性の追求を戦略化 理事会は、自分たちとスタッフ、さらにはコレクションを見直すことを決めた。ビゲローの肩書に「最高ダイバーシティ&インクルージョン責任者」が加わったのもこのときだ。「理事会は多様化を実践すると誓い、反人種差別を掲げる組織になることを、戦略的な優先事項にした」 変化は数字に表れている。現代アートのセクションは現在、有色人種のアーティストの作品が48%、女性の作品が53%を占める。作品の取得に関しては、クリスタルブリッジズが「人種的/民族的に」多様だと分類する作品は、15年の18%から20年は71%に増えている。 美術館を訪れる人々の目にも、展示の変化は明らかだ。第2次大戦中に工場で働く女性を描いたノーマン・ロックウェルの『ロージー・ザ・リベッター』など、オーステン・バロン・ベイリー主任学芸員の言う「グレイテスト・ヒッツ」のほか、風景を数多く描いたエドワード・ホッパーなどが展示されている。 その一方で、白人男性アーティストの有名作と一線を画すものも展示されている。 初期アメリカ美術ギャラリーを訪れた人がまず目にするのが、合衆国憲法前文の冒頭の言葉を題名とするナリ・ウォードの巨大なインスタレーション『ウィー・ザ・ピープル(われら国民)』だ。 合衆国憲法の前文に「切り取られた指針や熱望」は「基本的に白人男性のみに平等と権利を保障し、多くの者を排除した」と、この作品の解説は指摘している。「私たちは極めて意識的に言葉や解釈的アプローチを用い、幻想を打破することをためらわない」と、バロン・ベイリーは語る。 例えば、昨年開催した写真家アンセル・アダムズの展覧会だ。代表作である国立公園の記録写真について「国立公園への誇りを生むことには貢献したが、全てのアメリカ人がこれらの屋外空間で歓迎されていると感じてはいない」と、解説パネルにはあった。 クリスタルブリッジズのスタッフは収蔵作品だけでなく、組織としての公的発言にも多くの裁量権を持つ。BLMへの支持表明は「理事会の賛同の下」で、スタッフと経営陣が共同で主導したと、広報担当のベス・ボビットは言う。 スタッフの裁量権の拡大を示す例はほかにもある。 ===== アリソン・グレン現代美術担当准学芸員は最近、ケンタッキー州ルイビルのスピード美術館で開催された『約束、証言、記憶』展の客員キュレーターを務めた。ルイビルで昨年3月、警察官に射殺された黒人女性ブリオナ・テイラーをテーマにした展覧会だ。 クリスタルブリッジズでの仕事ではなかったが、同展に参加することに疑問はなかったと、グレンは話す。「個人的に、どうしてもやらなければならないことだった」 保守派から反発を受けることはないのだろうか。 皆無ではないものの、非難の嵐が押し寄せているわけでもない。最も辛辣な発言をしたのはおそらく、保守系雑誌ナショナル・レビューの美術評論担当で同館のファンを公言するブライアン・T・アレンだ。「クリスタルブリッジズは説教くさい解説パネルを捨てて作品自体に語らせ、鑑賞者自身に解釈を任せるべきだ」と、アレンは述べている。 作品が語ることや同館の掲げる主張を耳障りと感じる向きも、地元にはある。 スーパーヒーローのキスシーンを描くシモンズの作品 RICH SIMMONS 中止になった校外学習 その一例が、19年に開催した『メン・オブ・スティール、ウィメン・オブ・ワンダー』展だ。人種、移民、性差別、といった「現代生活の多くの問題を掘り下げる」コミック作品の芸術性に着目した同展では、情熱的なキスをするバットマンとスーパーマンを描いたリッチ・シモンズの絵画などを展示した。 地元のある学区がシモンズの作品の詳細を知り、クリスタルブリッジズを訪れる「校外学習がキャンセルされた」と、ボビットは言う。「同作の鑑賞は見学ツアーに含まれていなかったが、それでも一部の保護者が動揺した」 同館のフェイスブックページにあるコメントは、大半が好意的なものだ。とはいえ、社会正義を求める姿勢を問題視する人々もいる。 毎年6月のゲイプライド月間を記念して、性的少数者のアーティストの作品を特集する企画を発表した際には、「性的少数者を支持するなら、必ず訪れたい場所リストから削除する」との書き込みがあった。BLMへの支持表明に対しては「BLMのような左派グループやメディアが、組織的人種差別が存在するとの思い込みをつくる」というコメントが寄せられた。 それでも、開館当初の目標が達成されているのは確かだ。多様性のある作品を収蔵し、あらゆる人に扉を開き、社会正義をめぐる重大問題について声を上げる世界有数の美術館──そのとおりの存在になった同館を訪れる人は増え続けている。コロナ禍以前の19年の入館者数は70万2000人を記録した。 もはや疑問の余地はない。クリスタルブリッジズと創立者のウォルトンはアート界のメジャーリーグで、素晴らしい活躍を見せている。