<大量の人工衛星により、安価で高速なネット環境を整える計画だが...> 革新的な民間ロケット開発で知られるイーロン・マスク氏のスペースX社で、もうひとつの野心的なプロジェクトが進行している。大量の衛星によって地球全域に高速な通信網を整備する、「スターリンク計画」だ。 スターリンクは地上の敷設ケーブルに頼らず、衛星経由でインターネット網を提供する。これにより同社は、アラスカなどの極地も含めた広い地域に、安価かつ高速な通信回線をもたらすとしている。 2019年11月から「Better than Nothing Beta(あるだけましなベータ版)」と銘打ったテストプログラムが一部地域で展開しており、契約者は月額99ドルで衛星ブロードバンドを利用可能だ。これまでに世界で9万人が利用しており、事前契約も含めるとユーザー数は延べ50万人を数える。 通信の強化に向けて同社は、第2世代スターリンク衛星の打ち上げを現在計画中だ。従来よりも高い発電能力を持つ大型版となり、同社ネットワークの今後の拡張に対応するほか、他社向けの通信モジュールを収容可能になる。米CNBCの報道によると、高度340キロから614キロまでの軌道上に、実に2万9988基を投入する計画だ。 スターリンク計画 まるで星座 軌道にひしめく無数の衛星 スターリンクは最終的に5G通信網並みの高速通信を目指しており、体感速度を左右するレイテンシ(遅延)も20ミリ秒と短いのが特徴だ。低遅延は、衛星の高度が低く地表との距離が近い低軌道衛星ゆえのメリットだ。 一方、低高度を飛ぶ非静止衛星であるがために、多数の機体の投入が欠かせない。ひとつの衛星はユーザーの頭上を短時間で通り過ぎてしまうため、複数の衛星間でハンドオーバー(引き継ぎ)を行うことで通信を維持する。このように多数の衛星の連携によって成立する通信網は、星座を意味する「コンステレーション」とも呼ばれる。 STARLINK satellites train seen from earth - SpaceX Elon Musk スペースXは衛星コンステレーションの実現のため、これまでにおよそ1700基のスターリンク衛星を打ち上げてきた。しかし、低軌道にひしめく多数のスターリンク衛星は、他の衛星事業者の頭痛の種になりはじめている。 その原因は、頻発する近接事故だ。スペースデブリ(宇宙ごみ)問題の権威である英サウサンプトン大学のヒュー・ルイス教授は、スターリンク衛星と他の衛星あるいは宇宙船との近接インシデントが非常に多く発生していると指摘する。その数は週あたり1600件にも達するといい、全近接インシデントの半数を占める計算だ。 大半はスターリンク衛星同士の近接だが、他の衛星事業者が運用する機体との近接も週に500件ほど発生している。監視のみで済むケースが多いものの、危険水準にまで接近するケースも最大で週に10件ほど発生しており、相手側の衛星事業者は回避のための軌道操作(マヌーバ)を余儀なくされている。 ===== 将来は近接の大半にスペースXが関与か 近い将来、問題はさらに悪化する公算が高い。スペースXは第1世代として1万2000基、第2世代も含めると約3万基によるネットワークを想定しており、現時点での数はその6%に過ぎない。事態を報じる英デイリー・メール紙は、第1世代の配備が完了すれば、近接インシデントの9割がスペースX関連となるとの試算を報じている。 宇宙開発の進展に伴い、宇宙ごみはすでに深刻な問題となっている。アメリカの宇宙監視ネットワークはレーダーと光学によって軌道上の衛星とデブリを追跡しているが、監視対象は10センチ角以上の物体だけで3万個に及ぶ。小規模なものも含めると、50万個のデブリが現在地球を周回している。 あまりの数に、専門企業による追跡も限界に達しつつある。宇宙空間の交通管制サービスを提供する米ケイハーン・スペース社のシーマック・ヘザーCEOは、米宇宙情報サイトの『Space.com』に対し、「この問題はまさに制御不能の域に達しつつあります」と懸念を示している。 Space Debris-ESA 過去には深刻な事故も ひとたび衛星の衝突事故が起きれば大量の宇宙ごみを撒き散らし、他の衛星に深刻なダメージを与えかねない。広大な宇宙空間での衝突はあり得ないようにさえ思えるが、大規模な事故は実際に起きている。 2009年には米イリジウム・コミュニケーションズ社のコンステレーション衛星とロシアの軍事衛星が衝突し、史上最悪のインシデントとしてのちに知られることとなった。高度約800キロで衝突した2基は大きな破片だけで1000個以上を撒き散らし、その後も同エリアを通過する他の衛星に損傷を与えている。これとは別に、今年3月には中国の雲海1号02星が突如崩壊したが、原因はスペースデブリとの衝突であったことが今月に入って判明している。 スペースXとしても予防策に無関心なわけではない。同社はスターリンク衛星の電源と推進システムを多重化し、安全性を確保していると説明している。緊急時にはスターリンク側での回避操作も可能であろう。 しかし、ケイハーン社のヘザーCEOは、一般的に回避操作は衛星の貴重な推進剤を消費することから、頻繁に行うことはできないと指摘する。衛星の位置測量システムには誤差があるため、衝突の警告はある程度の余裕をもって発せられる。オペレーターは衝突の危険度と人的リソースの状況、そして推進剤の消費を天秤にかけ、実際には回避操作を行わないという判断を下すことも多々ある。 格安かつ高速ネット環境を標榜するスターリンクだが、大量の衛星投入によって事故のリスクは着実に増大している。その代償は将来、同社にとって想定外に高くつくかもしれない。 ===== スターリンク計画 STARLINK satellites train seen from earth - SpaceX Elon Musk Space Debris-ESA