<15年以上のキャリアの中で描いた約700枚の絵を完売させ、その作風は唯一無二と評される洋画家の中島健太氏。「『絵描きは食えない』を変えたい」という彼はこのたび、『完売画家』(CCCメディアハウス)を上梓した。日本の芸術界の現状、業界で生きるために必要なこと、これからの芸術とビジネスの在り方について、赤裸々に綴った本書から「はじめに」を抜粋する> ■はじめに 「絵描きは食えない」を変えたい――700以上のご縁 本書は現役プロ画家の僕が、「日本の芸術界(以下、業界)の現状」「業界で生きるために必要なこと」「これからの芸術とビジネスの在り方」についてまとめたものです。 新型コロナウイルス感染症が流行する前、僕は街にキャンバスを持ち出して、外で絵を描くライブペインティングを行っていました。 「プロ画家が絵を描く姿」を一般の人に見てもらい、芸術の敷居を下げるためです。画家のリアルを見せることで、一人でも多くの人に芸術に関心を持ってもらいたい。本書は、芸術の評論家や美大の教授が書く美術書とは一線を画し、芸術になんとなく興味がある人にも理解できるように、できるだけわかりやすい言葉を選んでいます。 海外で活躍する日本人のアーティストも増える中、僕は国内にとどまり、日本の業界のリアルを内側から目撃し続けてきました。国内で活動する現役画家だからこそ見えている、日本の業界のリアルを綴っています。 「滑走路に限りなく近い場所」F100号、2009年 「絵描きは食えない」は言いわけ 画家はいまや、絶滅危惧種です。 日本でプロ画家として生計を立てている人は、30人から50人といわれます。 なぜ、これほどまでにプロ画家が少ないのか。 原因は、「業界の構造上の問題」と「刷り込み」です。 本書で詳しくふれますが、業界の構造上、絵が売れたとしても画家の取り分は、たった3割。これでは、いくら頑張って描いても、画家として生計を立てていくのは難しい。僕はそういう業界をなんとか変えたいと模索し、行動に移してきました。 「刷り込み」もあります。 僕の美大生時代、教授でさえ「絵描きは食えない」と言っていました。 聞いている学生は「絵描きは食えない」と思い込みます。 絵を売るギャラリスト(画商)も「絵描きで食っていくのは難しい」と若手画家を脅かします。 世の中も、「絵描きって食えないんだってね」と言い始めます。 その結果、若手画家は「絵で食えないのは自分のせいじゃない」と考え、教授は「プロの画家が育たないのは自分のせいじゃない」と考え、ギャラリストは「絵が売れないのはギャラリストの営業力のせいではない」と考えるようになる悪循環に陥っているように感じます。 「プロでやるのはどんな仕事も難しい」というだけなのに、業界全体が「画家は食えない」を言い訳に使ってきたと感じます。 人は「できない」と思っているうちはできませんが、「できる」と思った瞬間に脳のセッティングが変わって、できるようになる。「絵描きは食っていける」と思えば、前向きになり、できる方向に向かって歩いていくことができます。 プロになるのは難しさもあるけれど、「成功例」もある。それを僕自身が証明し、業界を目指す人を増やしたい、とこれまでやってきました。 言うまでもなく、お金がすべてではありません。ですが、経済的魅力がない業界は新規参入が滞り、人材が育たず廃れていく傾向にあります。それを変えたいのです。 ===== 撮影:河内 彩 高校時代まで芸術とは無縁だった 僕は大学3年生のとき、21歳でプロの画家となり、15年以上の画家としてのキャリアの中で約700点の作品を生み出してきました。現在、僕のアトリエに残る作品はゼロです。いつからか「完売画家」と呼ばれるようになりました。 なぜ、僕はプロ画家になれたのか。小さい頃から芸術の素養があったのか。 いえ、まったくありませんでした。 そもそも僕は体育会系の人間で、中学時代はバスケットボール、高校時代はアメリカンフットボール部のキャプテンでした。ただ、スポーツで生きていくほどの覚悟もなく、将来を考えたとき、自由な雰囲気をまとう高校の美術の先生を見て、なんとなく「いいな」と思って、美術教師を目指したのがきっかけでした。 1年浪人をして武蔵野美術大学に入ったものの、大学1年生のときに父が他界。美大の授業料は高額です。卒業するまで払い続けられる見通しがまったく立たなくなり、一刻も早く金を稼ぎたいと思いました。そのため、教師の道をやめてプロの画家を目指すことにしたのです。しかし、もちろん一筋縄ではいきませんでした。 じつは大学では、プロの画家になる方法を教えてくれません。そのため、公募展に出すなど試行錯誤し、大学3年生のときに、はじめて自分の絵を売ることができました。プロデビューを果たせたのです。 既述したように、以来15年、700枚の絵を売り、プロ画家として生きてきました。 言い換えると、僕の絵を買ってくださった700回のご縁があったから、いま僕はこうして画家を続けられている。1枚1枚の絵と一人ひとりのお客さんとのご縁、その積み重ねによって、いまの自分があります。それらのご縁には感謝しかありません。 本書では、「絵描きが食えない」と言われる中、僕がどうやってプロの絵描きとして絵を売り、自分の価値を上げ、生計を立ててきたかについても綴っています。 「呼吸」P25号、2018年 好きな絵が1点あれば、「芸術がわかった」と胸を張っていい 画家としていろいろな方にお会いすると、「私、芸術とかアートって、全然わからないんです」と前置きする人が必ずいます。でも、その一言は言わなくて大丈夫です。芸術は難しく考える必要はありません。 芸術を完全に理解している人は、そもそもいません。僕も完全に理解しているとは、とうてい言えません。印象派について何度も習ったけれど、すぐに忘れてしまいます。細かなことは、知らなくて大丈夫です。 むしろ、自分の好きな作品が1点でもあればいい。そして、その作品のどこが好きかを言えれば、なおいいと思います。色使いが好き、構図が好き、コンセプトが好き......、なんでもいい。 「好きな作品はこれ!」と言えて、その理由が言えれば、「芸術がわかる」ということです。 ===== 僕は2020年、「ARTIST NEW GATE」という新人画家の登竜門となるコンテストを創設しました。321点の応募があり、最終審査に30作品が残りました。 僕を含めたアーティストやギャラリストなど、審査員7名でグランプリを決めることにしました。持ち点は一人2票。14票中、いちばん多く入った作品がグランプリになるはずでした。ところが、まったくかぶらずに、14作品が残ったのです。 同じ作品を「いい」と思った人がいなかった。それくらい、価値観は多様なのです。美意識は必ずしも一般化できないと、改めて思いました。 ちなみにグランプリは、最終的に話し合いによって決まりました。 芸術に正解はありません。堂々と胸を張って「これが好き」と言っていいのです。 自分の好きを誰かに説明すると、違う意見が出てきます。そのときは怖がらずに、「そういう考え方もあったのか」という新しい視点の発見、ととらえればいいのです。 美術館に行ったのなら、まずは「好きだと思う作品はどれか」と考えながら、ぐるっと一周してみてください。見終わったら、印象に残った作品、好きだと思った作品の前に戻って、どこが好きなのかなと言語化してみる。こうしたことによって、自分の美意識や感性が豊かになっていきます。 撮影:河内 彩 「モナ・リザ」は本当に世界一の美女なのか? 「モナ・リザ」は、一般的には芸術史における世界一の美女と評されますし、なんとなくそう考えている人も多いのではないでしょうか。 でも僕は、そう思いません。僕にとっては「なんだか不気味な絵」でしかありません。「あげるよ」と言われても、ほしくありません。 こんなことを書くと専門家の方々には「あいつは何も知らないで」などと怒られるかもしれません。 でも、それの何が問題なのでしょう? 芸術は自分を豊かにするものであって、それ以上でも以下でもないと僕は考えています。芸術に明確な正解があると考えていると、世間がよいという作品に対して自身の意見を表明することが怖くなります。 でも、正解などないのです。専門家と名乗る人間が間違っていることも、いくらでもあります。 本書を読んでくださった方が芸術を語るとき、「私、芸術とかアートって、全然わからないんです」この一言から卒業してくれていたら、うれしいです。 芸術でビジネスに役立つ感性を磨く ビジネスでは、人を感動させることが購買につながるといいます。 芸術にふれることによって、ビジネスで生かせる感性を育てられます。 芸術に多くふれ、多様な価値観にふれることで、自分の琴線、自分の好みに、ある日突然気づき始めます。 西洋絵画をたくさん見ているうちに、「宗教画は上手なのはわかるけれど、ちょっと重いかな。自分は、印象派の人間っぽい感じが好きかも」ということが、なんとなくわかってくるのです。 最初は、色の好き嫌い程度かもしれません。ですが、回数を重ねるとだんだん自分の好きなのはコントラストが強い絵かな、構図はこっちがいい、という好みまでわかってきます。 ===== また、自分の気持ちに正直になって、感動や感想を言語化することが大切です。 何か物を販売するときは、自分が好きなものなら、感情をこめて人にすすめられます。それによって、買い手の気持ちを動かすことができる。 芸術に多くふれることは、自分の心を見つめていくことでもあります。ある小説家が、よい芸術にふれることは食あたりに似ていると表現していました。 食あたりになったとき、自分の体は自分の意志とは無関係、まるで自分の体ではないようになります。 よい芸術にふれたときもそうです。自分の頭で考えていることとは無関係に、鳥肌が立ったり、涙を流すこともあるかもしれません。 感性は育ちます。というより、育てるものです。 芸術と関係のないビジネスをしている人にも、芸術にふれてほしい。 仕事や趣味にかかわらず、日本の人にもっともっと芸術を気軽に楽しんでほしいと思っています。ですから、本書では芸術に関する素朴な疑問、たとえば、値段のつけ方や公募展の仕組みについても紹介しています。 「phantom01」M25号、2021年 日本国内のアートマーケットにこだわってきた理由 海外で活躍する日本人アーティストもいます。その中で、僕は日本にこだわってきました。国内で売れて、海外にアプローチする時間がないぐらい忙しくなってしまったということもありますが、それだけではありません。もっと日本人の生活の中に、芸術を浸透させたいという気持ちがあるからです。 日本はGDP世界3位の経済大国で、なおかつ世界的にも特殊な百貨店での芸術品販売マーケットがかなり太く確立されています。その年間の市場規模は、およそ700億円。 百貨店という老若男女問わず入れる大型店で芸術品が買えるのは、世界広しといえども日本ぐらいです。 ほかの国では、ギャラリーに行かなければ買うことができません。 日本は世界的に見て、じつは最も芸術に対するアプローチのハードルが低い国です。 バブルの時代は、日本では絵は掛けるそばから売れていったので、少しお高くとまっていたところがあります。百貨店の美術画廊はだいたい6階や7階にありますが、気がついたら誰も行かなくなってしまいました。 せっかく誰でも行ける場所で芸術品が売られているのだから、もっと日本国内で芸術を広めていきたいと思っています。 撮影:河内 彩 写実絵画は日本に合う芸術 僕の描きたい作風に、日本が合っていたところもあります。僕の描きたい写実作品は、海外アートマーケット(以下、海外マーケット)では、あまり評価が得られません。海外マーケットにおいて重要なのは、芸術においてどういう新たな発明をするか、だからです。 ===== たとえば、2019年12月に行われたアメリカ最大級のアートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ(ABMB)」で、びっくりする作品が話題を呼びました。マウリツィオ・カテランが、本物のバナナを灰色のスコッチテープで壁に貼りつけた作品「Comedian」です。フェア初日に、この作品のふたつのエディションが約1300万円、3つ目のエディションには、約1600万円の値がつきました。 おいしい料理を作ることの重要性よりも、新しい料理を作ることの重要性のほうが海外マーケットでは高いのです。創作料理では、「泡みたいなフワフワなものが、なぜかフォアグラの味がする」なんていうところに価値がある。ですが、庶民感覚からすると、「おいしいフォアグラをそんなに食べたことがないから、できれば普通のフォアグラを食べたい」と思う。 僕自身は、泡々のフォアグラよりも普通のフォアグラを食べたほうがおいしいと思う感性です。「よくわからない絵だけれど、なんでこんなに高いんだろう」という理由づけが、僕はできなかった。自分で理由づけができないものを、自分が作れるとは思えなかったのです。 それよりも、わかりやすい写実絵画を描くことが、僕には価値がある。国内のマーケットは、非常に自分にとってリアリティがある場所なのです。 本書は目的を問わず、誰にでも芸術や業界のことがわかるように構成しています。特に次の方々には役立ちます。 ●芸術をビジネスにしたい人 ●絵が上手になりたい人 ●芸術に興味がある人 ●プロ画家を目指す人 ●アーティストという働き方に興味がある人 「現代の芸術とは何か」「これからアーティストを目指すにはどうしたらいいのか」「芸術をビジネスにするには何をすべきか」などを考えるきっかけになれば、幸いです。 『完売画家』 中島健太 著 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)