<本誌の取材で明らかになった衝撃の事実。あの日、ホワイトハウスはなぜ助かったのか。実は、標的のツインタワーは1棟だけだった。両棟に激突した2機を操縦するテロリスト2人は「一緒に死にたかったのだ」――> アメリカ本土で同時多発テロが起きた2001年9月11日から20年。あの日の出来事については緻密な捜査が積み上げられてきたが、まだ分からないことが多い。 そもそも旅客機4機をハイジャックした男たちの素顔が見えない。彼らが分担した役割は分かっている。だが、テロリストである前にどんな人間だったのかは知られていない。 ある意味、それはタブーだった。 テロリストにも人間の顔があったと信じ、動機を理解しようとすれば、どこかで彼らの行為を正当化し、許すことにつながりかねないからだ。 しかし彼らの生きざまに光を当てると、あの日に関する重大な謎の答えが見えてきた。 実を言うと、国際テロ組織アルカイダがあの日、世界貿易センター(WTC)のツインタワーに突っ込ませようと計画していたのは1機だけだった。 しかし現実には2機が、北棟と南棟に連続して突っ込んだ。結果、南棟も北棟も倒壊した。その代わりホワイトハウスは救われた。 彼らは何を考えていたのか。私はずっとそれが知りたかった。そして取材の過程で、CIAによる尋問の書き起こし原稿と被疑者たちに関する報告書を入手できた。 そこには実行計画の立案者とされ、今なおキューバにあるグアンタナモ米軍基地に収容されているハリド・シェイク・モハメドの供述もあった。 モハメドの供述書そのものを見た人はごくわずかだ。機密事項が含まれているし、拷問その他の問題もあるので、ずっと封印されてきた。 モハメドの供述は、米国内における多数のテロ計画を未然に防ぎ、危険人物を特定するのに役立った。 だが9.11テロ実行犯の人物像を解明する目的では吟味されていなかった。 ツインタワーの崩壊で逃げ惑う人々 AP/AFLO 本来の標的は4つだった モハメドが繰り返し述べたところによれば、アルカイダはアメリカの軍事と政治、そして金融のシンボルを標的としていた。具体的には国防総省とホワイトハウス、そして商都ニューヨークを象徴する世界貿易センターだ。 だが首領のウサマ・ビンラディンは連邦議会議事堂も標的に加えた。議会こそ宿敵イスラエルの仲間と思えたからだ。 モハメドの供述調書に、ツインタワーの両棟に2機を激突させる計画だったとの記述はない。むしろ彼は、2機の激突に驚いたと語っている。 それだけではない。 実行犯のリーダー格でアメリカン航空11便をツインタワー北棟に激突させたモハメド・アタと、ユナイテッド航空175便の操縦桿を握って南棟に突っ込んだマルワン・アルシェヒは一緒に死にたかったのだ、とも語っている。 ===== 粉塵舞い上がる現場で消防士は必死の救出活動を続けた U.S. NAVY-REUTERS モハメドは何度も、2人の関係が異常に親密で「変だった」と言い、男性同性愛者に対する蔑称も何度か使い、命令に背いたのはそのせいだろうと供述している。 10年以上にわたる取材の過程で、筆者はFBIやCIAの情報源に何度も、ツインタワー南棟はアルカイダの標的ではなかったのではないかという質問をぶつけた。 最初はみんな、何をバカなという顔をしたが、改めて資料を読み直すと、顔色が変わった。 パイロット役を含む実行犯全ての米国内での動きについて、FBIは徹底的に調べ上げていた。 いつどこに、誰と一緒にいて、何を食べたか。クレジットカードなどの使用履歴、電話やEメールの記録もだ。 そのデータベースに筆者も目を通した。アタとアルシェヒは米国内で暮らした1年3カ月、ほとんど全てを一緒にやっていた。 一緒に操縦訓練を受け、一緒に食事し、一緒に買い物をし、一つ屋根の下に暮らし、ホテルでも同室に滞在していた。 離れているときは、いつも電話で頻繁に連絡を取っていた。犯行当日の早朝にも、アルシェヒはボストン空港の別のターミナルにいるアタに、2度も電話していた。 ドイツのベルリンにいて、アフガニスタンにいるアルカイダ指導部とアタの連絡を仲介していたラムジ・ビナルシブ(今もグアンタナモに収容中)も、あの2人はずっと一緒に住んでいたから恋人同士だったかもしれないと供述している。 ドイツのハンブルク時代には、ビナルシブも2人と同じ部屋に住んでいたという。アルシェヒはアタより10歳若いが重い病気を患っており、アタはいつも気遣っていたらしい。 筆者は実行犯たちの親族にも話を聞いた。みんな、あの日のことは忘れたがっていた。名前を変え、ひっそり生きている人もいた。 それでも取材に応じてくれた人の話は、アタとアルシェヒの関係が特別だったという点でほぼ一致していた。 アタの親族も彼が悩んでいたことを認め、あの2人が何か信仰に背くような関係にあったことをほのめかした。だから、あんな死に方を選んだのだろうと。 あのテロリストたちは「不良」タイプのイスラム教徒だったという解釈は、アメリカでは広く流布されている。 アメリカに潜伏中はポルノ三昧で、酒も飲み、娼婦も買う邪悪な偽善者タイプだったと。 ===== 国防総省の建物もハイジャック機の激突で一部を破壊された U.S. NAVY-REUTERS しかしFBIの膨大な捜査資料のどこを探しても、そうした見方を裏付ける証拠は1つしかない。 後にアメリカン航空11便に乗り込むことになるアブドルアジズ・アルオマリとサタム・アルスカミが9月7日に、マサチューセッツ州ニュートンのモーテルに娼婦2人を呼んだという証言だ。当の娼婦たちが顔写真から2人を特定し、2人とセックスしたことを認めている。 だがアタとアルシェヒを含め、他の実行犯が同様の行為をしていたという記録は全くない。 例えばジアド・ジャラの場合だ。彼はユナイテッド航空93便を乗っ取り、連邦議会議事堂を目指していたが、乗客の英雄的な行動によって阻止され、飛行機はピッツバーグ郊外で墜落。乗員乗客44人全員が死亡した。 ジャラにはトルコ系ドイツ人の妻がいた。妻はずっとドイツにいた。 アメリカに渡ってからも、彼は何度も妻に電話しているし、5回もドイツへ飛んで妻と会っている(アメリカでのジャラは、フロリダ州でアタとアルシェヒのアパートの近所に住み、空き時間のほとんどを一緒に過ごしていた)。 そのジャラは妻に、アメリカに来てものの見方が変わったと語っていた。アメリカでは誰も他人の生き方を詮索しない、モスクに行かなくてもいいし、秘密警察や隣人に監視されることもない。 だからアタとアルシェヒも自然体で生きている。ジャラはそう言っていた。 実行犯は心中を試みた? そして最後の決め手。テロ実行の1カ月ほど前、ベルリンにいるビナルシブとアタが電話で話した内容だ。 ドイツの諜報機関が傍受したもので、2人は明らかにテロの標的について議論していた。 当時の国防長官ドナルド・ラムズフェルドも回想録に記していることだが、2人は学生を装い、いろいろな学科の話をしていた。 学科名が暗号で、「建築」は世界貿易センター、「美術」は国防総省、「法律」は連邦議会、そして「政治」はホワイトハウス。しかしツインタワー南棟に対する言及はない。 アタとアルシェヒの関係が、そしてそれ故に標的が変更された可能性が、なぜ重要なのか? 1つには、ツインタワーの南北2棟が同時に攻撃されなければ、どちらも崩落を免れた可能性が高いからだ。 米国立標準技術研究所の調査報告は、旅客機2機の連続的な激突で飛散した大量の燃料と破片、そして猛烈な熱が2棟の崩落を招いたと結論している。もしも直撃されたのが1棟だけだったら倒壊には至らなかった可能性が高いという。 ===== テロ現場をヘリで上空から視察する当時のブッシュ大統領とニューヨーク市長ジュリアーニ ERIC DRAPERーTHE WHITE HOUSEーREUTERS 近くにあった7WTCというビルが、直撃を受けていないのにもかかわらずその日のうちに倒壊した事実も、連続的な激突の衝撃と爆発で生じた高熱のすさまじさを雄弁に物語る。 つまり、あの日の攻撃がアルカイダの指示どおりに行われていたら、ツインタワーはどうにか持ちこたえたかもしれない。 そして南棟にいた624人と、北棟の93階(旅客機が突っ込んだ階)より下にいた何百人かも、命を失わずに済んだ可能性がある。 ツインタワーがなぜ両方とも、しかもほぼ同時に攻撃されたのか。 乗っ取った旅客機2機の操縦者2人が一緒に死ぬことを強く望んだから。そう考えるのが最も自然ではないか。 もしもあの2人がアルカイダの命令を忠実に守っていれば、アルシェヒの操るユナイテッド航空175便はホワイトハウスに突っ込んでいたはずだ。 大統領は不在だったが、副大統領のディック・チェイニーは命を落としていたかもしれない。 ホワイトハウスが燃え上がり、崩れ落ちる。もしもそれが現実になっていたら、その後のアメリカはどんな反撃に出たことだろう。 答えは、考えたくもない。 =====   CNN/GETTY IMAGES