*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2021年8月27日付)からの転載です。 1. パンデミックで急停止した世界経済 (収束が見えない感染拡大) 世界経済は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて急停止した。中国・武漢で発生した正体不明の肺炎は、2020年2月に欧州で急拡大、その後は日本や米国を含め世界全体に広がり、3月にはWHOが「パンデミック」との認識を示した。 各国では当初、外からウイルスを持ち込まないよう、水際対策を中心とした措置を導入した。しかし、結果的には国内における感染者数が急増し、医療崩壊リスクが高まったことで、厳しい外出制限や営業活動制限も導入せざるを得ない国が多かった。大規模な財政出動と金融緩和を実施し、財政・金融の両面から経済を下支えする措置も講じられてきたが、人々の活動を制限したことから成長率は急減速を余儀なくされた。 世界的な新型コロナウイルスの感染拡大は現在も続いているが、先進国を中心に医療・検査体制を拡充してきたことなどから重症者・死亡者は抑制傾向にある。また、財政出動余地も限られつつあるなかで、主要国では感染拡大を防止するための政策は講じつつも、経済活動を制限する厳しい封じ込め政策についてはできる限り避け、感染拡大防止と経済活動維持の両立をはかっている。ただし、感染リスクの高まった地域や業種を限定した活動制限は断続的に実施されており、また、水際対策や社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保などの措置は多くの国で継続されている。生活様式は一変し、今後も少なからず経済活動への影響が続くと見られる。 (時間をかけウイルスに適応する生活へ) 中期経済見通しのメインシナリオを作成するにあたっては、今後もウイルスとの共生が続くことを前提にした。ワクチン開発など医療面からウイルスを封じ込める動きも見られるものの、短期間でコロナ禍前のような経済・社会活動に戻ることはないと想定している。他方で、感染力拡大や強毒化などウイルスの脅威が増大し、厳しい活動制限を強いられることもないと想定している。 その結果、ウイルスとの共存が続くもののワクチン普及や治療法の確立などによって段階的に新型コロナウイルスに対する適応がなされていき、次第に、過度にウイルスのリスクを意識することなく生活できるようになっていく、というシナリオを前提にしている。こうした適応スピードについては、国によって異なり、回復力の違いとして生じる。 総じて見れば、世界的に「人の移動」の回復ペースは遅くなると思われる。特に、世界全体で感染拡大が収束していないことから、水際対策の緩和には時間を要すると思われ、ビジネス目的の人の移動などは、オンライン化による代替などが進み、一部は失われるだろう。その結果、観光関連産業など対面サービス産業は低迷が長引き、回復が遅れると見られる。 一方で、「モノの移動」は比較的早いペースで回復すると考えられる。世界貿易量はコロナ禍で急減したものの、すでに持ち直しの動きが見られている。コロナ禍前より激化していた米中対立・貿易摩擦が依然として続いているため、貿易の成長ペースは緩慢となるだろうが、「人の移動」が制限されている中では、相対的に「モノの移動」が進みやすい展開になると見られる。 ===== (政府債務、不良債権問題も課題) ウイルスに適応できた後も、長期的にはコロナ禍で急増した政府債務について、健全化にむけた取り組みが必要となる。財政再建は時間をかけてなされると見られるが、その間は民間部門の消費・投資活動が抑制されるため、成長率の下押し圧力となるだろう。 また、不良債権問題も今後の景気回復の重しになるだろう。コロナ禍においては、企業の資金繰り支援策として、低利・無担保など企業にとって好条件で金融機関から融資が受けられるよう、政府による信用保証措置や中央銀行による金融緩和措置が講じられている。そのため、経済停滞により企業倒産が増加すれば、金融機関の不良債権、もしくは政府保証の場合は政府債務の増加として顕在化してくる。メインシナリオでは、不良債権問題が金融危機へと発展して、回復を腰折れさせることは想定していないものの、金融機関収益の悪化や追加財政負担として回復を遅らせる要因になると捉えている。 (新興国は相対的に高い成長率となるが、伸び率は徐々に低下) 世界経済の成長率は、コロナ禍の影響を受け、2019年の2.8%から2020年には▲4.8%と急減速、世界金融危機(2009年▲0.1%)を大きく下回ることが見込まれる。その後はコロナ禍からの反動でやや高めの水準での推移となるが、予測期間後半にかけて3%程度まで低下するだろう。GDP水準(ドルベース)はコロナ禍で下方屈折した後、前回の見通しを一貫して下回る見込みである。 先行きの成長率を先進国、新興国に分けてみると、新興国は先進国の成長率を一貫して上回ると見られる。しかし、新興国ではウイルスへの適応に比較的時間がかかり経済への恒久的被害が大きいこと、需要低迷や脱炭素志向の高まりから原油需要が伸び悩み、産油国の成長を阻害すること、少子高齢化に伴い潜在成長率の低下が進むことなどを背景に、新興国の成長率も予測期間後半には3%台後半まで低下すると予想している。 世界経済に占める新興国の割合(ドルベース)は2000年の20%程度から40%程度まで上昇している。新興国の成長率は今後緩やかに低下するものの、相対的には先進国よりも高い成長を続けることから、世界経済に占める新興国の割合は予測期間末の2030年には50%近くまで高まるだろう。国別には、経済規模で世界第2位の中国の世界経済に占める割合が2019年には16%程度まで上昇し、ユーロ圏(15.5%)を上回った。中国はコロナ禍からの回復ペースが相対的に早いこともあって、今後も世界経済に占める割合を急速に高めるが、予測期間後半には中国の名目成長率がこれまでよりも低めの安定成長となること、米国経済の回復が進みドル高(元安)が進行することなどから、予測期間中は米国経済が中国経済を一貫して上回る見通しである。 ===== インドも予測期間中は人口増加が続くことから高い潜在成長率を期待でき、世界経済に占める割合を高めていく。予測期間末にはインド経済は日本経済に迫る水準まで上昇するだろう。 一人当たりGDP(ドルベース)を見ると、日本は1980年代後半から1990年代まで米国を上回っていたが、2000年頃にその関係が逆転した後は一貫して米国を下回っている。2019年の日本の一人当たりGDPは米国の6割強の水準となっている。また、今後10年間の日本の成長率は米国を下回ることが予想されるため、両国の格差は若干拡大することになろう。 一方、日本のGDPの水準は国全体では2010年に中国に抜かれたが、一人当たりGDPでみれば2019年時点でも中国の4倍強となっている。今後の成長率は中国が日本を大きく上回るため、両国の差はさらに縮小するが、2030年でも日本の一人当たりGDPは中国の2倍以上の水準を維持するだろう。また、予測期間末にかけて日本のGDPに迫るインドだが、一人当たりGDPでみれば現時点では日本の約5%となっており、10年後でも7%台半ばの水準にとどまるだろう。 ===== 2.海外経済の見通し (米国経済-史上最長の景気拡大が新型コロナで一変、今後の経済動向は感染動向により不透明) 米国経済は金融危機後の2009年6月から2020年2月にかけて米国経済史上最長となる128ヵ月間の景気拡大がみられていた。しかしながら、新型コロナの感染拡大と外出制限などの感染対策に伴い経済活動に急ブレーキが掛かった。この結果、2020年2月に景気拡大局面は終了し、4-6月期の実質GDP成長率は前期比年率▲31.4%と記録が残る1947年以来最大の落ち込みとなった。 また、潜在GDPと実際の実質GDPとの乖離で示されるGDPギャップは、2018年から2019年にかけて実際のGDPが潜在GDPを上回る状況となっていたが、2020年前半の落ち込みにより、潜在GDPを大幅に下回る状況に転じた可能性が高い。 一方、2010年10月から統計開始以来最長となる113ヵ月連続で雇用拡大が続いていた労働市場も2020年3月に雇用減少に転じ、4月には前月比▲2,079万人減と統計開始以来最大の減少となったほか、2020年初から9月までの平均雇用増加数は▲114万人の減少となった。さらに、2020年2月におよそ50年ぶりとなる3.5%の水準まで低下していた失業率も2020年4月が14.8%と金融危機時の最大10.0%を超えたほか、2020年9月までの平均が8.6%と2011年以来の水準まで上昇した。 もっとも、経済活動が段階的に再開されたことや春先に実施された経済対策の効果もあって、米国経済は早くも5月には景気回復に転じたとみられる。 一方、中期的な影響も含めた今後の経済動向は、新型コロナの感染や経済対策に大きく左右される。今回の中期見通しの策定においては、新型コロナに対する医療的な知見が蓄積されることに伴い、2021年前半には新型コロナの重症化リスクが後退、感染予防のためのソーシャルディスタンシングも2022年にかけて相当程度解消されることを前提とした。また、経済対策は年内に追加対策が実施されるものの、来年以降は追加対策が実施されないことを想定した。 これらの前提の下、実質GDP成長率(前年比)は2020年に▲4.3%と2009年以来のマイナス成長となった後、2021年には3.7%とプラス成長に転じるものの、ソーシャルディスタンシングなどの感染対策が残る影響で2020年の落ち込みをすべてカバーすることはできない。このため、実質GDPが新型コロナ流行前の水準を回復するのは2022年となろう。 その後、予測期間の前半である2022年~2025年にかけては、ペントアップディマンドもあって実質GDP成長率(前年比)は平均2.3%と当該期間の潜在成長率の平均(1.8%)を上回る伸びとなろう。予測期間の後半である2026年から2030年にかけては、実質GDP成長率が平均1.8%と潜在成長率(同+1.8%)並みの成長となろう。 ===== 一方、米国では2020年11月3日に大統領選挙が実施される。中期見通しを策定するに当たっては、現職大統領が再選され現在の経済政策が継続されることを前提とした。足元では全米や接戦州での世論調査で軒並みバイデン前副大統領の支持率がトランプ大統領を上回る状況となっている。しかしながら、選挙直前に発表される7-9月期の実質GDPは大幅なプラス成長とみられ、足元の景気回復は現職大統領に追い風になると考えている。 また、仮にバイデン候補が大統領選に勝利した場合だが、同氏が掲げる富裕層や企業向けの増税は経済見通しには下振れリスクとなるものの、当面は厳しい経済状況が続く中で、景気回復に水を差す可能性がある大型の増税策が実現する可能性は低いとみられる。さらに、通商政策では関税を多用する通商交渉手段を否定しており、対中を中心にトランプ大統領が賦課した関税が撤廃される場合には経済にポジティブに働くとみられる。このため、バイデン大統領が実現した場合でも経済見通しへの影響は限定的となろう。 (ユーロ圏経済-「グリーン」「デジタル」を柱に復興に取り組む) ユーロ圏は、世界金融危機や債務危機による景気後退局面を脱した後、緩やかな拡大を続けてきたが、中国に次いで新型コロナウイルスのクラスターが発生、医療崩壊リスクが急激に高まったため、多くの地域で外出制限・活動制限を伴う厳しい封じ込めを余儀なくされ、経済が急停止した。ユーロ圏は活動制限による影響の大きい観光関連産業の付加価値や雇用の割合が高いこともあり、実質成長率は2019年の1.3%から2020年には▲8.2%と急低下する見込みである。 今後は医療崩壊リスクの後退を背景に、できる限り経済活動を維持した政策が講じられることで回復基調をたどるが、感染回避的な行動は長期化すると見られるため、回復力は弱く、また大きな不確実性を伴った成長経路となるだろう。予測期間前半の成長率はやや高めだが、急減後の回復としては弱く、実質GDPが2019年の水準を回復するのは2023年、潜在成長率の1.4%に収れんするのは2026年となるだろう。 現在は中期財政目標からの逸脱やGDP比で財政赤字3%、公的債務残高60%からの超過を是正する「財政ルール」を一時停止しており、各国ともに異例の規模の財政出動を実施している。しかし、予測期間後半はコロナ禍による経済停止の下支えのために各国が実施してきた財政出動からの健全化に取り組む必要がある。後述の復興基金による財政支援を受けつつ潜在成長率への回帰を目指す2025年までは、各国でも拡張的な財政政策を規模や内容を調整しつつ続けると見ているが、成長が安定した後は慎重に財政健全化に向け動き出すだろう。「財政ルール」自体の見直しが行われる可能性もあるものの、危機克服後には何らかの健全化に向けた行動が求められる。 ===== インフレ率は、需給ギャップの拡大によって予測期間前半は低位で推移すると予想する。2023年に1.5%に到達するもののECB(欧州中央銀行)の目標である「2%に近いがやや下回る」水準に到達するのは2027年になるだろう。そのため、ECBが金融緩和の出口戦略に着手できるのは2027年からとなるだろう。 EUは首脳会議で、7500億ユーロの復興基金「次世代EU」を含む1.82兆ユーロの2021-27 年中期予算枠組み(MFF:multiannual financial framework)に合意した。中長期のEUの経済復興や成長戦略はこの予算で支えられる。フォンデアライエン欧州委員長は、コロナ禍後の施政方針演説で欧州の将来像として「グリーン」と「デジタル」に言及しており、これらが成長戦略の2本柱と言える。 演説では「グリーン」について、2030年の排出量を1990年対比で55%以上削減すると発表、従来の40%削減から削減幅を引き上げ、意欲的な目標を掲げた。これは2050年までの気候中立(温室効果ガス排出量の正味ゼロ)を掲げる「欧州グリーン・ディール」の中間目標に相当する。「グリーン」についてはECBのラガルド総裁も、中央銀行の目標に関する「戦略見直し」の中で環境の持続性への考慮を検討することを明らかにしている。 また、「デジタル」では、データ・AIなどの技術・インフラ整備に焦点をあてる必要があるとして、2030年への目標と計画の必要性を強調した。デジタル金融戦略も発表され、単一市場におけるデータ規制のほか、暗号資産などの法整備も進めている。 こうした「グリーン」や「デジタル」への移行は、産業の淘汰を伴う。加えて単一市場整備に向けた規制が強すぎると新産業が育たなくなってしまう。平時でも進めることは容易ではないが、コロナ禍という危機からの復興を「グリーン」と「デジタル」の促進を加速させるチャンスに変え、基金を活用しつつ経済回復と産業移行を両立させていく必要がある。さらに、復興にあたっては、財政基盤や経済基盤が弱い地域での回復が遅れ、格差が拡大しないよう、一体となって危機を克服していく関係を続けていくことも重要で、舵取りは非常に難しいだろう。メインシナリオではこれらの成長戦略については劇的な成功はないが、EUの分断や危機が起こることなく進められ、復興を一定程度促進する効果があると想定している。 ===== (中国経済-ウィズ・コロナ時代に入る中国経済の成長率は緩やかな低下傾向) 中国では、長らく続いた一人っ子政策の影響で2013年をピークに生産年齢人口(15-64歳)が減少に転じた。人口構成を見ると、これから生産年齢人口になる14歳以下の人口が少なく、定年退職が視野に入り始める50歳台前半の人口が多い。従って、今後も生産年齢人口は減少傾向を続けて、経済成長にマイナスのインパクトをもたらすだろう。 また、従来の成長モデルに限界が見えてきたことも経済成長にはマイナスのインパクトをもたらす。文化大革命を終えて改革開放に乗り出した中国は、外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、その輸出で外貨を稼いだ。稼いだ外貨は主に生産効率改善に資するインフラ整備に回され、中国は世界でも有数の生産環境を整えた。この優れた生産環境と安価な労働力を求めて、世界から中国へと工場が集まり世界の工場と呼ばれるようになった。そして高成長期を謳歌した中国だが、経済発展とともに賃金など製造コストも上昇したため、今度は中国から後発の新興国へと工場が流出し始めた。そして、米中対立の激化や「一帯一路」構想の推進は、そうした工場の海外流出を後押しする要因となるため、中国では今後も経済成長の勢いが鈍化していくだろう。 他方、中国政府は従来の成長モデルに代わる新たな成長モデルを築こうと構造改革を進めている。具体的には、外需依存から内需主導への体質転換、労働集約型から高付加価値型への製造業の高度化、製造業中心からサービス産業の育成へなどである。こうした構造改革の実現には時間を要するものの、経済成長にはプラス貢献すると思われる。また、中国で進められている"新型都市化"も経済成長の下支えに貢献しそうである。農村から都市へと労働者が移動すれば、より生産効率が高い分野に労働力が配分されることになり、生産性向上が期待できるからである。これまでも中国では都市化が進んできたが、巨大都市への人口集中、環境問題の深刻化、都市戸籍を持たない農民工(出稼ぎ農民)の待遇など多くの問題も同時に生じた。農民工の待遇改善、中小型都市の開発、環境問題に配慮した都市化など質を重視した"新型都市化"を推進することで、より持続性の高い都市化の進展が期待できる。また、中国の都市化率(総人口に占める都市人口の比率)は2019年時点で60.6%と日本や韓国などと比べてまだ低いことから、2030年には70%前後まで上昇すると見ている。 ===== こうした環境の下、中国政府は"新常態(ニューノーマル)"という旗印を掲げて、安定成長へ移行する方向に舵を切り、第13次5ヵ年計画(2016-20年)では成長率目標を「6.5%以上」へと引き下げた。そして、今後も経済成長の勢いは緩やかな鈍化傾向を辿るだろう。まず足元2020年の中国経済は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という未曽有の危機に直面した。その爆発的感染(オーバーシュート)を防ぐためには経済活動を制限せざるを得ない一方、経済活動を制限すれば企業の売上高は減少し、仕事を失った従業員が街にあふれ、失業を免れても雇用不安から個人消費は冷え込み、企業の売上高はさらに落ち込むという悪循環に陥る恐れがある。そこで、中国政府は財政・金融をフル稼働させて悪循環を断ち切るモラトリアム的な財政金融政策を実施した。 しかし、そうしたモラトリアム的な財政金融政策は持続不能で、第14次5ヵ年計画期(2021-25年)には、高齢化に伴う財政負担増に備えて財政赤字を減らす必要があるのに加えて、過剰債務の解消に向けた債務圧縮(デレバレッジ)を進める必要もあるため、経済成長を押し下げる。但し、新型コロナ禍で加速したデジタル・トランスフォーメーション(DX)が新しい成長モデルへの構造転換にとっては追い風となるのに加えて、ウィズ・コロナ時代に適応するためのスマートシティ化・エコロジーシティ化も"新型都市化" にとっては起爆剤になるなど、経済成長を押し上げる要因もある。従って、成長率目標は「5%前後」に設定されると予想している。また、第15次5ヵ年計画(2026-30年)に入る頃には、中国の一人当たりGDPはおよそ2万ドルと現在の台湾並みに上昇するため、欧米企業との競争が激しさを増してイノベーションの勢いは鈍化せざるを得ないだろう。従って、成長率目標は「3.5%前後」へ引き下げると予想する。 (新興国経済-資本流入の減速も回復を阻害) 新興国経済は世界金融危機後、世界貿易の伸び率の低下、資源ブームの終焉、米利上げに伴う資本流入の低下などの要因が続き、2015年頃までは低調なパフォーマンスが続いた。2016年以降は景気が持ち直したが、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた。新興国でも先進諸国と同様に厳しい封じ込め政策が講じられたが、医療体制が脆弱で衛生環境が整っていないことから感染者の抑制に苦しんでいる国も多い。また、ワクチンや治療薬の入手が先進国と比べて遅れると見られ、ウイルスへの適応に時間を要する国も多いだろう。 ===== また、海外からの資金流入で投資を加速させてきた新興国では、資金流入が途絶えることも回復を阻害させると見られる。新型コロナウイルスの拡大初期には、先進国が手元流動性の確保に動き、リスク回避的な姿勢を強めたことで新興国からの資金流出が見られた。先行きの不確実性が高い状況が続くと見られる中、新興国への投資が弱含む状況が続くと見られる。特にコロナ禍で貿易収支が悪化した国では、経済下支えのための財政赤字が「双子の赤字」を拡大させる。また、中央銀行による金利引き下げは投資国としての魅力を減らすことになる。こうした経済政策が資金流出圧力を強めるため、政策余地が先進国ほど大きくないと言える。 潜在成長力については、人口の増加が期待できる国は多いものの、少子高齢化に伴って生産年齢人口の伸び率は鈍化し、「労働投入の伸び」については緩やかに低下していくと予想される。一方で、インフラ投資需要やデジタル化など生産性改善の余地は大きいため、「資本ストックの伸び」や「生産性向上」には期待できる。ただし、汚職や腐敗、複雑な規制など投資環境が悪い国が多く、「資本ストックの伸び」「生産性向上」を進めるためには、投資環境の改善をはじめとした政府主導での環境整備、規制改革が鍵となるだろう。 新興国の成長率は、予測期間前半は4%を超える高めの成長率を記録するが、予測期間後半にかけて3%台後半まで低下すると予想する。 ブラジルは、世界の中でも新型コロナウイルスの感染者数、死亡者数が多く、コロナ禍の影響を大きく受けている国の1つである。 2019年に誕生したボルソナロ政権は、年金改革を軸とする財政再建や、税制改正や公営企業の民営化、自由貿易の推進といった構造改革に取り組んできており、投資環境の改善に期待が持たれていた。しかし、こうした期待がコロナ禍によって急速に縮小している。 コロナ禍対応では、封じ込め政策のための行動制限導入に反対する大統領が、感染抑制を重視する地方政府や閣僚との対立を深め、閣僚の更迭や辞任が起きている。また経済対策としては、低所得者向けの現金給付などを実施している。現金給付策は、コロナ対策として各国でも類似の政策が実施されているが、これまでのポピュリズム的な政策に回帰するのではないか、といった懸念を浮上させている。感染拡大が止まらないコロナ禍対応で政権への非難が高まる一方、現金給付で支持を集めているという構図となっている。 こうした状況のなか、ブラジルは、これまで進めてきたような財政再建路線への回帰が困難になっていると考えられる。法律で歳出上限が定められ、法律適用外の緊急財源からの支出も資本流出・通貨安リスクを高めるため、政府支出額を過度に増やすこともできないが、これまでよりは財政よりも経済に配慮した政策運営となるだろう。経済成長は、民間企業を中心とした電力、通信、輸送網などへのインフラ投資需要などに支えられる形で進んでいくという経路をたどると見られるが、成長をけん引していた海外からの資本流入が細ることから回復力は弱くなるだろう。 ブラジルの成長率は予測期間前半にはコロナ禍からの反動増でやや高めの成長率を記録するが、実質GDPの水準がコロナ禍前の2019年を回復するのは2023年で、その後は潜在成長率に沿う形で予測期間後半には2%程度まで低下していくと予想する。 ===== ロシアは、新興国の中では生産年齢人口が減少し、労働投入余力が縮小している例外的な国である。足もとでは、新型コロナウイルスによる経済停止の影響に加えて、原油安と欧米諸国との関係激化という逆風にも見舞われている。 新型コロナウイルスの封じ込め政策によるロシア経済への直接の影響は相対的に小さいと見られるが、世界的な経済減速による原油需要や原油価格の低下が、鉱業や輸出の低迷となって経済を落ち込ませている。こうした状況に追い打ちをかけているのが、資源輸出先として緊密だった欧州、特にドイツとの関係悪化である。欧州はコロナ禍からの復興としてグリーンリカバリーを掲げていることから、ロシア産資源への依存度低下が見込まれるが、欧州との関係悪化は、対欧輸出の鈍化をさらに促す可能性がある。 一方、2020年7月に憲法改正の国民投票が実施され賛成多数だったことで、プーチン大統領が2036年まで続投できることになった。大統領自身は続投の意向を明らかにしていないものの、政権移行による混乱を避ける道筋が確保されたことで、予測期間中の国政は比較的安定することが見込まれる。ロシアは新国家目標である「2030年までのロシア発展のための国家目標」でインフラ建設やデジタル化の推進を掲げている。また、欧州が脱炭素化の動きを強めるなか、低炭素エネルギーの開発を進める動きもある。国家目標に向けての投資促進が、欧州のロシア産資源依存の低下にともなう成長率の減速を一定程度抑制するだろう。 ロシアの成長率は予測期間前半にはコロナ禍からの反動増でやや高めの成長率を記録するが、実質GDPの水準がコロナ禍前の2019年を回復するのは2023年、その後は潜在成長率に沿う形で予測期間後半には1%台前半まで低下していくと予想する。 インドはここ数年、停滞気味の経済状況が続くなか、今年の新型コロナウイルスによる経済収縮の影響が世界的にみても深刻なものとなっている。インド政府は今年3月に全国的なロックダウンを実施したものの、スラム街を抱える都市部を中心に感染拡大に歯止めがかからず、現在1日あたりの新規感染者数は世界最多で推移している。またインド政府の財政余力は乏しく、低所得者向けの食料の無料配給や現金給付などの支援策にも限界が近づいたため、6月から段階的な制限解除を進める一方、感染が集中する封じ込めゾーンに限定したロックダウンを実施しており、経済活動と感染防止の両立という難しい舵取りを迫られている。 ===== 潜在成長力は、まず人口ボーナスが長期に渡り経済の成長エンジンとなるが、予測期間末にかけて生産年齢人口の増加率が鈍化するため、労働投入の寄与度は徐々に低下しよう。資本投入は旺盛な消費市場を背景とする海外資本の流入やインフラ投資需要への対応などから成長率の押し上げ余地が大きい。しかし、コロナショックを受けて財政赤字と不良債権が拡大するため、アフターコロナでは財政再建の取り組みと銀行の貸し渋りが長期化するとみられるほか、土地収用問題や許認可の遅れにより投資プロジェクトが進まず、資本投入は盛り上がりに欠ける状況が続くだろう。一方、労働生産性は都市化に伴う工業化とサービス化を受けて引き続き向上して潜在成長率を牽引するだろう。またインドのIT産業は世界的な競争力を有しており、物的資本ストックの蓄積の遅れをICTの利活用によってカバーすることも可能とみられる。 インドは、2021年に経済再開に伴う反動増で成長率が上振れるが、その後は新型コロナの感染防止に時間を要して回復が遅れるため、成長率が予測期間中盤にかけて6%台半ばまで上昇する。予測期間後半は、潜在成長率の低下に沿う形で6%程度まで成長率が低下すると予想する ASEAN4(マレーシア・タイ・インドネシア・フィリピン)は、反グローバリズムの台頭や新型コロナウイルスの感染拡大による経済収縮により厳しい経済状況が続いている。 潜在成長力は、予測期間末にかけて人口ボーナスが続くものの、生産年齢人口の増加率が鈍化するため、労働投入の伸びは緩やかに低下していく。しかしながら、資本投入と労働生産性は海外直接投資の拡大や都市化の進展、社会資本ストックの蓄積などを背景に今後も底堅い伸びが見込まれ、成長を下支えるだろう。 ASEANは2015年末にASEAN経済共同体(AEC)を発足させた後、2025年に向けた戦略目標を定め、これまでに情報通信技術(ICT)を活用した電子商取引(EC)の推進や、イノベーションによる生産性の向上など結束を更に強める動きを見せている。また東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉は最終局面を迎えている。今後RCEPが発効すると、ASEANは東アジア貿易の中心地としての地位向上が見込まれる。こうした域内・域外との連携強化は、ASEAN各国が得意分野によって互いに補完し合い、地域として貿易・投資の優位性を高めるものであり、更なるグローバル・サプライチェーンへの参加が期待される。 ===== また米中対立とアフターコロナの時代におけるアジア地域のサプライチェーンの再編において、ASEANの投資先としての優位性が低下することはないだろう。ASEAN各国は、米中貿易摩擦のあおりを受けて中国国内の顧客企業からの発注が減少したものの、中国からの生産移管先として企業の注目を集めることとなった。また今年の新型コロナウイルスの世界的な流行により、企業のサプライチェーンの脆弱性が露呈したため、今後はASEANを活用してサプライチェーンを多元化させる企業の動きが広がると予想される。 もっともASEAN各国は、賃金上昇に伴う製造コストの増加や地域格差の拡大、社会保障制度の整備の遅れなどの共通の課題に加え、経済の成熟度によって異なる構造的課題を有する。例えば、高位中所得国のマレーシアやタイは産業の高度化・高付加価値化への挑戦に技術面の不安を抱えており、また低位中所得国のインドネシアやフィリピンなどはインフラの未整備や不正・汚職の蔓延などビジネス環境の悪さが企業進出を阻んでいる。こうしたボトルネックを解消することができれば持続的成長の確度が高まる一方、各国の取組みが不十分であれば「成長の壁」にぶつかり成長速度が著しく低下しかねず、楽観視はできないだろう。 ASEAN4の新型コロナウイルスの感染状況は国毎に異なる。予測期間前半は、第一波が長引くインドネシアとフィリピンでは感染拡大の抑制に時間を要して経済回復が遅れるだろう。また感染を抑え込んでいるマレーシアとタイでは経済の回復が続くものの、外国人観光客の低迷が景気を下押しする状況が続くだろう。ASEAN4の成長率は2021年にコロナ禍からの反動増で上昇し、その後は予測期間半ばまで4%台後半の横ばいの成長が続く。その後は潜在成長率の低下に沿う形で予測期間末の4%台前半まで成長率が低下するが、総じて安定した成長軌道を維持すると予想する。 3. 日本経済の見通し (アベノミクス景気の振り返り) 2012年11月を底として景気回復を続けてきた日本経済は、海外経済の減速を背景とした輸出の低迷を主因として2018年10月をピークに景気後退局面に入った。安倍政権発足と同時に始まった「アベノミクス景気」の回復期間は71ヵ月となり、「戦後最長景気(2002年2月~2008年2月)」の73ヵ月に続く長さとなったが、その間の経済成長率は、消費税率引き上げが実施され景気が足踏み状態となっていた期間が長かったこともあり、過去の大型景気と比べて低かった。アベノミクス景気の期間中の実質GDP成長率(年平均)は1.1%となり、いざなぎ景気(11.5%)、バブル景気(5.3%)、戦後最長景気(1.6%)を下回るだけでなく、現行のGDP統計で遡ることができる1955年以降の回復局面(第4循環~第16循環)で最も低い伸びにとどまった。 アベノミクス景気のもうひとつの特徴は、企業部門(輸出+設備)が好調だったのに対し、家計部門(消費+住宅)が低調だったことである。2012年10-12月期の景気の谷から2018年10-12月期までの伸び(年平均)を需要項目別にみると、輸出(5.0%)、設備投資(3.2%)は比較的高い伸びとなっていたが、民間消費(0.4%)、住宅投資(0.0%)は実質GDPを大きく下回る伸びにとどまった。実質GDP成長率に対する民間消費の寄与度は0.2%で、経済成長率の押し上げにほとんど寄与しなかった。 アベノミクス景気の期間中の実質家計消費支出の伸びを要因分解すると、1人当たり賃金は伸び悩んだものの雇用者数が大幅に増加したことから雇用者報酬は高い伸びとなったが、マクロ経済スライドや特例水準の解消による年金給付額の抑制、年金保険料の段階的引き上げなどが可処分所得を大きく押し下げた。さらに、消費税率引き上げの影響もあって、家計消費デフレーターが0.5%上昇し、実質ベースの可処分所得の目減りにつながったこと、若年層を中心に消費性向が低下したことが消費の伸びを抑制した。 ===== (新型コロナウイルス感染症の影響) 2018年10月を山として始まった景気後退は、当初は外需が大きく悪化する一方で国内需要は底堅さを維持していたが、2019年10月の消費税率引き上げによって国内需要が大きく落ち込んだ後、新型コロナウイルス感染症の影響が顕在化した2019年度末から2020年度初めにかけて、内外需ともに急速に悪化した。実質GDPは2019年10-12月期から2020年4-6月期までの3四半期で▲10.1%減少し、リーマン・ショック前後の2008年4-6月期から2009年1-3月期まで(4四半期)の▲8.6%を上回る落ち込み幅となった。 2020年4月上旬に発令された緊急事態宣言が5月下旬に解除されたことを受けて、景気はすでに底打ちしているとみられるが、今後の回復ペースは急激な落ち込みの後としては緩やかなものにとどまる可能性が高い。 その理由としては、「新しい生活様式」の実践が恒常的に外食、宿泊、娯楽などのサービス支出の抑制要因となることが挙げられる。日本銀行が作成している実質消費活動指数を形態別に見ると、耐久財、非耐久財は緊急事態宣言の影響で4、5月には大きく落ち込んだものの、6月にはペントアップ需要の顕在化によって大きく反発し、感染症の影響が顕在化する前の2020年1月の水準を上回った。一方、外出自粛の影響を強く受けたサービスは、緊急事態宣言中の落ち込み幅が財を大きく上回ったことに加え、6月以降の戻りも小さい。8月のサービス消費の水準は1月を▲20%近く下回っている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴うイベントの開催制限は徐々に緩和されているものの、人々が3密(密閉空間、密集場所、密接場面)を避ける姿勢が従来よりも強くなっているため、新型コロナウイルスだけでなく、通常のインフルエンザ流行時にも対面型の消費が抑制される可能性がある。今回の見通しでは、個人消費がコロナ前の2019年度の水準を回復するのは2022年度としているが、サービス消費の水準が元に戻るのは2024年度までずれ込むことを想定している。 また、経済活動の制限がなくなり、自粛ムードが払拭されたとしても、失業者の増加、企業収益の悪化など、コロナ禍で経済活動の基盤が毀損してしまったことが今後の景気の下押し圧力となるだろう。2020年度の主要経済指標について、前回見通し(2019年10月)から今回見通し(2020年10月)への下振れ幅をみると、実質GDPは▲40.0兆円、うち民間消費が▲20.7兆円、設備投資が▲9.9兆円、純輸出が▲10.4兆円となっている。また、家計部門、企業部門の主な収入源である雇用者報酬、企業収益(営業余剰)はそれぞれ▲11.4兆円、▲27.7兆円下振れしている。このほとんどは、新型コロナウイルス感染症による影響と考えられる。雇用者報酬の減少、企業収益の悪化が個人消費、設備投資の回復を遅らせる要因となるだろう。 ===== (インバウンド需要はほぼ消失) 訪日外国人は2012年から8年連続で増加し、2019年には3,188万人となり、訪日外国人消費額も2012年の1.1兆円から2019年には4.8兆円まで拡大したが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた入国制限により2020年4月以降、インバウンド需要はほぼ消失した状態が続いている。 ビジネス、医療、教育の関係者、留学生など中長期の在留資格を持つ外国人に新規入国を認めるなど、ここにきて入国制限を緩和する動きは徐々に進んでいるが、訪日外国人の9割近くを占める観光客の入国が認められるまでには相当の時間を要する。また、入国制限が完全に撤廃されたとしても、海外出張をリモート会議に代替する動きはコロナ収束後も継続する可能性が高く、このことは長期にわたってビジネス関係の訪日外国人数を抑制するだろう。さらに、インバウンド需要が消失した状態が長引き、宿泊業の倒産、事業規模の縮小が相次ぐことで、訪日外国人を受け入れるための客室数の水準が低下することも中長期的な需要の回復を遅らせる一因となることが見込まれる。 今回の見通しでは、訪日外国人が2019年実績の3,000万人台を回復するのは2027年、政府が2020年の目標としていた4,000万人に達するのは2030年とした。前回見通し(2019年10月)に比べて足もとの水準が大きく下振れていることは言うまでもないが、予測期間末(前回は2029年度、今回は2030年度)の水準も1,000万人程度下振れている。 (労働力率の上昇基調は途切れず) 労働力人口は2013年からは7年連続で増加し、2019年には6886万人と過去最高を更新した。日本の人口は2008年をピークに減少しており、生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年以上にわたって減少を続けている。こうした中でも労働力人口が増加し続けているのは、女性、高齢者を中心に労働力率(労働力人口/15歳以上人口)が大幅に上昇してきたためだ。 新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令を受けて、2020年4月の労働力率は大きく低下した。これは、経済活動の停止を受けて職を失った人の多くが職探しを行わずに非労働力化したためである。しかし、労働力率は5月以降徐々に持ち直しており、8月時点ですでに2019年平均の水準をほぼ回復している。 また、2020年4-6月期の労働力率を詳細にみると、女性、世帯主以外(配偶者、世帯主の子など)の労働力率が大幅に低下する一方、男性の労働力率の低下は小幅で、世帯主の労働力率は上昇している。女性については、配偶者あり・子供有りが大幅に低下する一方、未婚・子供なしは上昇している。小中学校を中心とした臨時休校によって一時的に労働市場からの退出を余儀なくされた女性が多かったと考えられる。また、若年層(15~24歳)については、学生の労働力率が大幅に低下する一方、学生以外の労働力率の低下は小幅である。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、パート・アルバイトを一時的に休止した学生が多かったためだろう。このように、コロナ禍での労働力率の動きはその人が置かれている立場によってばらつきがみられるが、経済活動の再開に伴いこうした動きは解消に向かう公算が大きく、女性、高齢者を中心とした労働力率の上昇傾向は今後も続くことが予想される。 先行きについては、人口減少ペースの加速、さらなる高齢化の進展が見込まれるが、女性、高齢者の労働力率が一段と上昇すれば、労働力人口の大幅減少を回避することは可能だ。 ===== 今回の見通しでは、女性は25歳以上の全ての年齢階級で労働力率が上昇、男性は60歳以上の労働力率が上昇することを想定した。2019年時点の男女別・年齢階級別の労働力率が今後変わらないと仮定すると、2030年の労働力人口は2019年よりも▲600万人以上減少する(年平均で▲0.9%の減少)が、高齢者、女性の労働力率上昇を見込み、2030年までの減少幅は▲87万人(年平均で▲0.1%の減少)とした。 (新型コロナがデジタル化を加速させる契機に) 新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、在宅勤務やオンラインビデオツールが普及したほか、病院のオンライン診療が認可されるなど、様々な分野でデジタル化が普及した。しかし、特別定額給付金の支給が諸外国と比較してスムーズに行われなかったことに象徴されるように、日本の行政においては、従来からデジタル化の遅れが指摘されていたが、新型コロナウイルスをめぐる対応を通じて、この問題が浮き彫りとなった。 足元で進んでいるデジタル化は、感染予防などを目的としたコロナ対応の意味合いが強いが、今後は社会の利便性の向上、イノベーションの創出のために活用されることが見込まれる。具体的には、AIやIoT、5Gの導入などが一層進むため、ソフトウェア投資や研究開発投資などの無形資産投資が、工場や機械などの有形固定資産投資を上回るペースで増加する公算が大きい。 無形資産投資の規模は、国民経済計算における知的財産生産物という項目で捕捉されている。日本は、無形資産投資の総固定資本形成に占める比率が22.2%(2018年)と、国際的にみても高い水準である。しかし、1990年代半ばの10%台前半から2000年代に20%台まで大きく上昇した後は、2009年をピークに低下傾向にある。 デジタル化の進展により、無形資産投資は大きく増加し、総固定資本形成に占める比率も再び上昇基調に転ずるだろう。特に、9月に発足した菅新政権によってデジタル庁が創設されれば、さらなる追い風となる。無形資産投資は、資本ストックの増加に加えて、全要素生産性の上昇に寄与することが期待されるため、潜在成長率を引き上げる要因となる。少子高齢化・人口減少により労働投入の減少が見込まれることを考慮すると、デジタル化は、今後の日本経済の成長力を左右する重要な鍵となろう。 ===== (足もとの潜在成長率はマイナスだが、2020年代半ばまでに1%程度まで回復) 1980年代には4%台であった日本の潜在成長率は、バブル崩壊後の1990年代初頭から急速に低下し、1990年代終わり頃には1%を割り込む水準にまで低下した。世界金融危機時にほぼゼロ%まで低下した後、2010年代半ばにかけて1%程度まで持ち直したが、その後は低下傾向が続き2019年度には0.3%となった。 潜在成長率を規定する要因のうち、労働投入による寄与は1990年代初頭から一貫してマイナスとなっていたが、女性、高齢者の労働参加が進んでいることから2014年度以降は小幅なプラスとなっている。また、資本投入による寄与は世界金融危機後にいったんマイナスになった後、その後の設備投資の回復を受けてプラスを続けているが、2018年度以降の設備投資の減速を受けてプラス幅が縮小している。全要素生産性は長期的に低下傾向が続き、足もとでは0%台前半となっている。 なお、潜在成長率は概念的には景気循環に左右されないはずだが、実際には現実の成長率の影響を強く受ける。潜在成長率=潜在労働投入量の伸び率×労働分配率+潜在資本投入量の伸び率×資本分配率(=1-労働分配率)+全要素生産性上昇率で表される。このうち、全要素生産性上昇率は一般的に、現実のGDPから労働投入量、資本投入量を差し引いた残差をHPフィルターなどで平滑化して求められる。このため、現実のGDP成長率が低くなれば、全要素生産性上昇率も低くなり、それに応じて潜在成長率も低くなる。また、景気悪化時には設備投資の抑制や雇用情勢の悪化によって、資本投入量、労働投入量が減少し、このことも潜在成長率の低下要因となる。 また、潜在成長率は実績値の改定や先行きの成長率によって事後的に大きく変わりうることにも注意が必要だ。たとえば、戦後最長の景気回復期で比較的高い成長が続いた2002~2007年度の実績を反映した2008年10月時点では2007年度の潜在成長率は2%程度と推計していたが、現在は1%台前半まで下方修正されている。一方、2008、2009年度の大幅マイナス成長を反映した2011年10月時点ではマイナスとなっていた2009、2010年度の潜在成長率は直近では0%台前半まで上方修正されている。 当研究所が推計する潜在成長率は2020年度には▲0.4%といったんマイナスに転じることが見込まれる。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済停止の影響で、労働投入量が減少(労働力率の低下、労働時間の減少)し、労働投入の寄与度がマイナスに転じることが主因である。また、設備投資の減少に伴う資本ストックの伸び率低下を反映し、資本投入の寄与度がほぼゼロ%まで縮小する。しかし、前述したように、足もとの潜在成長率の落ち込みはあくまでも新型コロナウイルスの感染拡大を受けた経済活動の制限によってもたらされたものであり、日本経済の成長力が実態として落ちてしまったわけではない。 先行きの潜在成長率は、景気回復に伴う労働市場の改善によって労働投入量の減少幅が縮小すること、設備投資の回復によって資本投入量の増加幅が拡大すること、デジタル化(AI、IoTの活用)、働き方改革の進展などにより全要素生産性の上昇率が高まることから、2020年代半ばには1%程度まで回復することが見込まれる。ただし、2020年代後半は人口減少、少子高齢化のさらなる進展によって労働投入量のマイナス幅が拡大することから、潜在成長率は若干低下し、2030年度にはゼロ%台後半となるだろう。 ===== (実質GDPがコロナ前の水準に戻るのは2023年度) 実質GDP成長率は、中長期的には潜在成長率の水準に収れんする。ただし、足もとはGDPギャップが大幅なマイナスとなっており、それが解消に向かう過程では潜在成長率を上回る高めの成長が続く公算が大きい。実質GDP成長率は2020年度に▲5.8%と過去最大のマイナス成長を記録した後、2021年度が3.6%、2022年度が2.1%、2023年度が1.8%と潜在成長率を上回る伸びが続くだろう。 実質GDPがコロナ前(2019年度)の水準を回復するのは2023年度となろう。需要項目別には、民間消費はサービス消費の回復は遅れるものの、ペントアップ需要などから財消費の戻りが早いこともあり、2022年度には元の水準を回復するが、設備投資の水準が元の水準に戻るのは2023年度までずれ込むだろう。急速に落ち込んだ企業収益の水準が元に戻るまでには時間を要すること、新型コロナによる需要の急激な落ち込みを経験したことにより、設備投資の抑制姿勢が強まる可能性が高いためである。また、輸出はインバウンド需要の低迷は長期化するものの、輸出全体の約8割(2019年度実績)を占める財輸出の回復ペースが速いことから、2022年度には2019年度の水準を上回るだろう。 なお、ここでは2019年度の水準をコロナ前としたが、2019年度末には新型コロナウイルスの影響が顕在化していること、2019年度後半は消費税率引き上げの影響で経済活動の水準が低下していることには注意が必要である。年度ベースの直近のピークは、実質GDPは2019年度だが、民間消費、設備投資、輸出はいずれも2018年度となる。 当研究所が推計するGDPギャップは、世界金融危機後の2009年度にマイナス幅が▲5%台(GDP比)まで拡大した後、縮小傾向が続いてきたが、2018年度が0.3%、2019年度が0.0%と低成長が続いたことからマイナス幅が拡大し、新型コロナウイルスの影響で大幅マイナス成長が不可避となった2020年度には▲6%台のマイナスとなることが見込まれる。 2021年度以降は高めの成長が続くことによりGDPギャップのマイナス幅は縮小するが、ギャップが解消されるのは2025年度までずれ込むだろう。GDPギャップが解消される2020年代半ば以降は潜在成長率並みの成長率に収束し、2020年代半ばの1%程度から2030年度にかけてゼロ%台後半の成長率となろう。 この結果、日本の実質GDP成長率は予測期間(2021~2030年度)の平均で1.5%になると予想する。過去10年間(2011~2020年度)の平均0.2%を大きく上回るが、過去10年間の平均成長率には新型コロナウイルスの影響で大幅な落ち込みが見込まれる2020年度が含まれているのに対し、今後10年間の平均にはその反動で高めの成長となる2021~2023年度が含まれているためである。これらの影響を除いた実質的な平均成長率は、過去10年間、今後10年間ともに1%程度とみている。 ===== (10年間の消費者物価上昇率は平均1.3%を予想) 2020年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は、4年ぶりのマイナスとなることが確実だが、原油価格の大幅下落によってエネルギー価格が低下する中で、新型コロナによる需要急減の影響が加わったという一時的な要因による部分も大きい。「量的・質的金融緩和」が開始された2013年度から2019年度のうち、2016年度を除いてゼロ%以上となっている。日本銀行が物価安定の目標とする2%は達成されていないが、少なくとも継続的な物価下落を意味するデフレからは脱却したと考えられる。 その一方で、物価上昇率が低水準にとどまっている一因は、賃金との連動性が高いサービス価格の伸び悩みが続いていることである。企業収益が過去最高を更新し、失業率もバブル期の水準まで低下するなど、賃上げを巡る環境は極めて良好な状態が続いてきたにもかかわらず、アベノミクス景気における春闘賃上げ率は定期昇給分を除いたベースアップで0.5%程度が最高であった。企業の慎重な賃金設定スタンスが維持される中、デフレマインドが残存していることを背景に労働者側の賃上げ要求水準が上がらないことが賃上げ率の低迷につながっている。賃金上昇率がベースアップで2%程度まで高まらなければ、サービス価格の上昇を通じて消費者物価上昇率が安定的に2%を維持することは困難と思われるが、予測期間中に賃上げ率が2%を上回る可能性は低いだろう。 物価動向を左右する需給バランスを確認すると、足もとのGDPギャップは大幅なマイナスとなっており、需給面からの下押し圧力が強い状態がしばらく続くだろう。一方、世界経済の緩やかな回復を背景とした原油価格の上昇が輸入物価の上昇を通じて国内物価を押し上げる。また、予測期間中盤にかけては日米金利差の拡大などから円安基調が続くことを想定しており、この点も物価の押し上げ要因となる。また、GDPギャップは当面マイナス圏での推移が続くものの、方向としては2021年度以降改善に向かうため、物価の下押し圧力は徐々に弱まるだろう。 消費者物価(生鮮食品を除く総合、消費税の影響を除く)は、2020年度に前年比▲1.0%と4年ぶりのマイナスとなった後、2021年度以降はプラスの伸びが続き、2027年度には1.8%まで上昇率が高まるだろう。物価上昇の定着によって企業、家計の予想物価上昇率が安定的に推移する中、金融政策面で緩和的なスタンスが維持されることから、物価安定目標の2%が達成されることはないものの、1%台の伸びは確保されるだろう。 消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合、消費税の影響を除く)は過去10年平均の0.2%に対し、今後10年間の平均で1.3%になると予想する。 ===== (経常収支は2020年代後半に赤字へ) 経常収支はGDP比で3%台の黒字が続いているが、中長期的には貯蓄投資バランスによって決定される。足もとの部門別貯蓄投資バランスは、新型コロナウイルス感染症に対応する緊急経済対策によって、一般政府の赤字(貯蓄不足)が急速に拡大する一方、企業、家計の黒字(貯蓄超過)が大きく拡大している。2020年度の財政赤字はGDP比で▲10%を大きく上回る水準となることが見込まれる。 2021年度以降は経済が正常化に向かうことから、一般政府の赤字幅は縮小するが、消費税率が据え置かれるなど本格的な財政再建が実施されないこともあり、2030年度でも▲3%台の赤字が残る。企業部門は、設備投資の伸びが高まることや予測期間終盤には金利上昇に伴い利払い費が増加することから貯蓄超過幅は縮小に向かう。 家計貯蓄率は高齢化や可処分所得の伸び悩みの影響から長期的に低下傾向が続き、消費税率引き上げ前の駆け込み需要で個人消費が高い伸びとなった2013年度にはマイナスに転じた。2014年度以降は個人消費の低迷に伴い上昇傾向が続いていたが、2020年度は新型コロナウイルスの影響で消費が大きく落ち込む一方、一人当たり10万円(総額12.7兆円)の定額給付金の支給により可処分所得が大きく押し上げられることから、10%台へと急上昇することが見込まれる。しかし、2021年度には、雇用所得環境の低迷が続く中で消費が高い伸びとなることから、家計貯蓄率は大きく低下し、その後は高齢化の更なる進展を反映し低下傾向が続くだろう。家計貯蓄率は2030年度には▲0.1%と小幅ながらマイナスに転じると予想する。 政府の貯蓄不足幅は縮小するものの、企業、家計の貯蓄超過幅が縮小する結果、経常収支は予測期間終盤に小幅ながら赤字化する可能性が高い。 ===== (財政収支の見通し) 国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の名目GDP比は、2014年度の消費税率引き上げなどにより、2013年度の▲5%台から2018年度には▲2.0%まで改善した。2019年10月の消費税率の引き上げにより、基礎的財政収支の更なる改善が期待されたが、新型コロナウイルス感染症の影響による財政支出の拡大や税収の落ち込みにより、今年度の財政収支は急激に赤字が拡大すると見込まれる。 2025年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字化し、債務残高を安定的に引き下げるとする政府の財政健全化目標は維持されているが、今回の予測では、基礎的財政収支の赤字は今年度に名目GDP比で▲14.0%まで拡大し、2030年度でも▲3.4%の赤字が残り、黒字化は実現しないと予想する。 この結果、すでに1,100兆円を超えている国・地方の債務残高は、今年度に急激に増加し、2030年度には1,450兆円に近づく。名目GDP比でみると、2020年度に226%程度に急上昇するが、その後は名目GDPが比較的高い伸びとなることなどから、上昇には歯止めがかかるものの、2030年度においても220%程度となるだろう。 新型コロナウイルス感染症の影響により、基礎的財政収支の黒字化や債務残高の安定的な引き下げは以前よりも困難となっており、財政健全化のためには歳入・歳出両面での更なる取り組みが求められる。