「東日本大震災」の記事一覧

災害大国だからこそ日本の日常にある「奇跡」

<インド洋津波災害でも、インドネシアのシムル島では津波を語り継いだために起きた奇跡があった> はじめに、東日本大震災で亡くなられた方々とご遺族の皆さまに哀悼の意を表するとともに、未だ避難生活を送られている方々、全ての被災者の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。 東日本大震災が発生した日、牙を剥き出し陸地をえぐりながら迫る津波の凄まじさ、人々の大切なものを破壊し、根こそぎさらってゆく無情さ、そして親族、友人の無事を祈る人びと。それらの映像が未だに鮮明に脳裏に焼きついている。被災地からの映像を見ているだ...

福島第一原発事故10年、担当相だった細野豪志氏の「反省」と「課題」

<3月11日で東日本大震災と福島第一原発事故から10年。当時、民主党政権の担当相として、最前線で事故処理・対応に当たった細野豪志衆院議員が語る反省と課題と希望> 3月11日で東日本大震災の発災から10年を迎えた。マグニチュード9.0の大地震に大津波、さらに全電源消失による福島第一原発の炉心溶融と水素爆発事故は東北地方に大きな被害を残し、その傷はまだ十分癒えたとは言えない。震災関連死を含む死者数は2万2000人に達した。 震災当時、民主党政権の原発事故収束担当相・環境相として、最前線で事故処理と対応に...

「私には夢ができた」牡蠣養殖から民宿女将へ 気仙沼ルポ「海と生きる」

<東日本大震災は被災地をどう変えたのか。宮城県気仙沼市の復興と再生に見る、あの日の記憶とそれぞれの10年。夢、「都会化」、教訓と伝承、そして悲しみ......> (『news zero』キャスターの櫻井翔が自ら長編ドキュメントでつづった10年――。本誌2021年3月16日号は「3.11の記憶」特集。「櫻井翔と被災地の10年」のほか、現地ルポ、哲学者マルクス・ガブリエルの寄稿、フォトエッセーを収録しており、絶賛発売中です) あの日。2011年3月11日午後3時30分頃、最大で20メートルを超す大津波が...

3.11被災地を取材し続けてきた櫻井翔が語る「記憶」とずるさ、喜び

<報道番組『news zero』キャスターとして、東日本大震災から10年、被災地の取材を続けてきた櫻井翔。本誌3月16日号「3.11の記憶」特集で初めて1万字の長編ドキュメントを自らつづった櫻井に、何を聞き伝えていきたいのかを聞いた> 櫻井翔はなぜ、毎年被災地を訪れ人々の声を聞き、伝え続けるのか。キャスターとしての自身の役割をどう捉えてきたのか。本誌・小暮聡子が話を聞いた。 ◇ ◇ ◇ ――報道者の中でも、毎年欠かさず現地を訪れ定点観測している人は多くない。『news zero』のキャスターを15年...

福島第1原発の処理水、海洋放出へ 月内にも正式決定

読売新聞など国内メディアは16日、政府が東京電力福島第1原子力発電所にたまる処理水を海に放出する方針を固めたと報じた。月内にも正式決定するという。日本経済新聞は、設備の建設や規制手続きを経て、放出は早くても2022年度になる見通しと伝えている。 日経などによると、トリチウム以外の放射性物質を十分取り除いた処理水を、水で500―600倍に薄めて海に流すといい、放出時のトリチウム濃度は基準値の40分の1程度にとどまる見込み。[ロイター]Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)...

福島第一原発事故は、まだ終わっていない

<2011年3月の東日本大震災直後からイチエフの取材を続けてきた東京新聞記者。その「9年間の記録」には、郷土愛があふれている> 『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(片山夏子・著、朝日新聞出版)の著者は、中日新聞東京本社(「東京新聞」)の記者。2011年3月11日に東日本大震災が起きたときには、名古屋社会部に所属していたのだという。 2011年3月11日午後2時46分。東北の三陸沖で、日本の観測史上最大となるマグニチュード9.0の大地震が発生、その30分~1時間後に太平洋沿岸を...